間もなく、今年も半分が終わる。6月は、多くの大学教員にとって最も忙しい時期ではないだろうか。私自身、週末には学会や研究会、学会関係の会議などが入り、ゴールデンウィーク以降ほぼ休みがない。大学の専任教員になってからは、激務と多忙にあるからこそ、きちんと「1年の前半」の終了を感じ、何とか乗り切った御礼を申し上げ、「残りの半分」も健康で無事に乗り切ることを祈りたくなる。そのため、いつしか「夏越の大祓」は、欠かせない重要な行事となった。

 

半年の穢れ祓う

 「夏越の大祓」は、6月30日に、その年のその日まで、つまり1年の前半に知らず知らずのうちに身についた穢(けが)れを祓う行事である。神社にお参りし、大きな茅の輪をくぐる。なぜ茅の輪かというと、蘇民将来(そみんしょうらい)の逸話があるからだ。諸説あるが、私が聞いたのは、次のような内容だ。

 ある時、村の長者の巨旦(こたん)将来のところに、病に冒された貧しげな老人が訪れた。一夜の宿を請うたが、巨旦将来は冷淡に断った。しかしその兄、蘇民将来は自身も貧しいながらも老人を気の毒に思い、粟飯や汁などで精いっぱいもてなした。実はその老人は神様で、蘇民将来に感激して茅の輪を授け、彼に災厄がないようにした。後にその村で疫病がはやったが、茅の輪をつけた蘇民将来の子孫は助かった。

京都市上京区・北野天満宮(2021年6月) Photo by 船越正宏

 茅の輪は、ただ単にその中を歩けば良いというものではなく、8の字に3回くぐる。また神社によっては人形(ひとがた)があり、名前などを書き、体を撫でたり息を吹きかけたりして、穢れを祓う。

「いなりずし」と聞き違え?!

 お参りをすませると、必ず「水無月」をいただく。京都では6月30日にいただくお菓子である水無月が、他の地域では当たり前でないと知ったのは、たまたま京都に来ていた和歌山の祖母が、「水無月を食べましょう」という母の誘いを断ったときだ。

 祖母は「みなづき」を「いなりずし」と聞き違え、お三時にお寿司をいただくのかと驚いたそうだ。私が食べ始めるのを見て和菓子だと分かると、笑いながら自分の聞き間違いを伝えてくれた。その後、祖母と母と三人でいただいた水無月はとてもおいしく、私の思い出の味になった。

 

 京都の同志社大学で留学生を教えるようになってからは、6月30日が近づくと授業で「水無月」を紹介するようになった。

 水無月をいただく習慣は、夏の間の無病息災を氷をいただいて祈った6月の宮中行事に由来するという。冷蔵庫のない時代、氷は誰にでも手に入るものではない。そこで白いういろうを氷に見立て、厄除けの力を持つ小豆をのせた水無月をいただくようになったらしい。

 留学生たちは、6月30日には水無月を食べるという「ルール」に驚いていたが、7月1日の授業では、前日に水無月をいただいたことを嬉しげに報告してくれた。老舗の和菓子屋さんだけでなく、スーパーやコンビニまで、とにかくどこにでも売られているので、さまざまな「京都の風習」の体験を語ってくれた。

 

手に入らない「水無月」

 東京に住むようになった1年目、直前に京都に帰省する用事があったので、東京でも普通に水無月をいただき、夏越の大祓のお参りをした。しかし2年目の昨年、仕事で遅くなった私は、水無月を手に入れようと、職場や家の近くの和菓子屋さんを5カ所廻った。「水無月はありますか?」とお聞きしたが、かつての祖母のように聞き間違える方がほとんどだった。ネット検索したら大手デパートで販売していることが分かったが、駆けつけた時間には売り切れ。「穢れを祓い厄除けをして、水無月を食べて今年後半の無病息災や繁栄を祈る」と、毎年、留学生に熱弁を奮ってきただけに、半年の穢れもそのままで病気やけがに見舞われる不幸な後半1年を送るような気がして絶望的になった。

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