梅雨があったかどうかわからないうち、
梅雨明け宣言がだされ、
雨不足、といわれながら、
梅雨があけてからの方が、
雨つづきだったような気が。

日々に暑気が増すこの季節。
鴨川にかかる橋を歩いているとき
不意に陽がかげり、
みあげれば南の空に、
夏のかたちの入道雲がそびえている。

そのうち、
ひた、ひた、
目に見えない水滴が頰を濡らす。
この瞬間が、
昔からぼくは大好きです。

一雨潤千山。
いちう、せんざんを、うるおす。

揮毫:いしいしんじ / 撮影:山本健太

額にかかったくらいの、ささやかな小雨でも、
立ち止まってみわたしてみれば、
山、川、町、森、
ありとあらゆるものを濡らし、
あまねく潤している。

京都に住む前、
松本の扇状地に住んでいました。
ぶどう畑のまんなかで、
季節になればあたりはすべて、
うっすらと白いもやに取りまかれます。
雲のなかで暮らしているようなものです。

ある日、書きものをしていると、
家の電話が鳴りました。
受話器の通話ボタンを押しこみ、
「もしもし、いしいです」
すると、慣れたような声で、
「おう、くめのです。ひさしぶり」

くめのくん! 驚きです。

ひさしぶり、ということばももどかしい。
高校卒業以来だから、およそ30年ぶりか。
小中高、と同じ学校にかよったくめのくん。
とりわけ小学生のころは、
ぼんやりもののぼくの、聡明なお守り役でした。

小学校の卒業文集で、
ぼくは「くめの」という作文を書きました。
くめのくんは、題名は忘れましたが、
「ぼくはいつか、ロケットをとばすぎじゅつしゃになります」
と、濃い鉛筆の字で記していたのをよくおぼえています。

撮影:いしいしんじ
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