水潺々。
みず、せんせん。
水がいっときも淀むことなく、
さらさらと流れつづける様。

生命のみなもとである水は、
さらにまた、偉大な音楽家でもある。

揮毫:いしいしんじ / 撮影:山本健太

雨上がりの朝、屋根から垂れ落ちるしずく。
プールの喧噪、とびこみのしぶき。
くぐもった笑い声を響かせ、畑地をゆく農業用水。
海辺の民宿で耳にとどく、夜の潮騒。

たったいま、
耳によみがえってきた水の音があります。
糸魚川河口そば、
北アルプスと日本海が出会う断崖、
「親不知子不知」を訪れたときのこと。

波のかかる細道を渡る際、
親子が離れ離れになるのを覚悟するように。
そういう言い伝えから、
こんな物騒な地名がついたのだとか。

冷や汗をふきふき、
その北に広がる浜へでました。
風景をあけはなしたような、
長い長い海岸へおりてゆくうち、
それまで耳にしたおぼえのない、
ふしぎな音楽が響いてきました。

それは白く泡だちながら、
寄せては遠のく、
青い波のほうからきこえてきます。

ポンポロポロポロポロ、
と、海の女神が竪琴をはじく音。
魔女セイレーンが宝箱を、
その長い爪でころころころとかき回す音。

一万のいるかの合唱隊が、
海面に口を出して、
順繰りに鳴らす輪唱。

導かれるようにフラフラと、
汀に足を踏みいれ、しゃがみこみ、
「あっ!」と叫びました。

遠浅の水底には、
みわたすかぎり、びっしりと、
まんまるい玉石が敷きつめられていました。

それらが、波の打ち寄せるたびに、
互いにぶつかりあい、
コロコロコロコロと、
小気味よい音を弾きだしていたのです。

遠く北アルプスの山中から、
糸魚川の流れにのって運ばれてきた岩石と、
日本海の白波がくりひろげる。
文字どおり、この場でしか味わえない合奏でした。

ぼくはそのころ録音マニアで、
日本じゅうどこにいくにも集音マイクと、
携帯レコーダーを持ち歩いていたのですが、
これだけは、
また実際に自分の耳で味わいに来るのでなくてはと、
レコーダーのボタンを押すことなく、
日暮れまで汀にしゃがみこみ、
開けはなたれた海から響く、
水の音楽にじっと耳を傾けつづけました。

撮影:いしいしんじ
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