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米軍医は「提供してもらった」 <持ち去られた被爆者資料>

米軍医として京都帝大から被爆者資料を持ち去ったイエール大医学部のリーボウ教授(イエール大ライブラリー所蔵)
米軍医として京都帝大から被爆者資料を持ち去ったイエール大医学部のリーボウ教授(イエール大ライブラリー所蔵)

 核エネルギーが原爆投下という人類史上に刻まれる悪夢になった1945年。多くの広島・長崎の人たちが原爆症に苦しみ、次々に亡くなっていく惨状の中で京都帝国大が行った調査資料を、米軍は被爆者の医療に還元せず持ち去り、論文発表も禁じた。死亡した被爆者を解剖した組織片など生体試料を持ち去った側も、持ち去られた側も、その通訳も、当事者は医師であり、大学医学部の病理学者だった。京都帝国大での被爆者資料引き渡しの様子は、当事者だった3人の病理学者の戦後証言は、それぞれ触れていないか、伏せていることがあり、印象が違う。通訳だった石井博士ら東大は「日米合同調査団」に組み込まれていたが、京大は「押収」される側だった。原爆投下が米国による人体実験だったのか、提出にどのような強制があったのか。立場が異なる3者が遭遇した京都の45年12月を、それぞれの戦後の証言からたどる。(肩書きは当時)

 京大医学部を訪れ、被爆者を解剖した資料の提出を求めた米軍医はアベリル・リーボウ。戦後、イエール大の病理学教授。戦時中は軍医として従軍、9月に日本に到着し、広島で調査し、12月まで生体資料やデータを収集した。この資料を基に米陸軍病理学研究所は原爆の人体への影響を報告書にまとめたが秘密扱いとし、リーボウ自身も終戦から4年後になって、論文「原爆被爆者の解剖」をアメリカの学会誌に発表。65年に「広島の医学日記」を公刊した。

 日記には、占領下の米軍医将校が高級ホテルで過ごし、京都で恋人のため真珠の首飾りを買ったり、日本の学者側から贈り物をもらったりして友好的だったとつづられている。通訳の石井善一郎・東京帝国大助手の第一印象を「疲れたような悲しい面持ちで、ひげもそっていず、軍隊の残り物である薄い制服とサンダルをはいていた」と描き、敗戦国のみじめさも浮かぶ。

■米軍医、アベリル・リーボウの「広島の医学日記」

12月2日 やや遅く目が覚めたが、気分はさわやかであった。楽しいことには、廷臣のようにふるまう人たちから、すこぶる丁重な昼食の接待を受けるのであった。琵琶湖ホテルは隅々まで実にすばらしく、(中略)部屋の窓からは湖のはるかな対岸にそびえ立つ丘が青い水に映っているのが見えた。(中略)また世界的に有名な血液学者で京都大学教授の天野博士に会ったことも光栄であった。かれは遠慮がちで意気消沈しているようにみえた。私は、かれがさる9月中句の台風の最中に、広島県大野町の地すべりで亡くなった調査団=注(1)=の一員であったことを聞いた。午後おそくMason大佐と「都」で夕食をとった。

12月3日 朝早く、府立病院の医師たちに会いに行く。歓迎を受け、かれらがわずかな例から得た資料=注(2)=のうち都合できるものは全部提供してもらった。(中略)京都大学の混雑した研究室に天野教授を訪ねた。かれの英語は流暢さからはほど遠いものであったので、われわれはいくらかためらいがちに話し合った。石井博士は初めから終わりまで非常に役に立った。

 ややためらったのちに、天野教授は、似島(にのしま)=注(3)=で剖検された初期の3例の血液学的スライドが提供できるだろうと私にいった。そこで私は明朝9時までに間にあうよう、この資料を集めてもらうように依頼した。また解剖学教授舟岡博士にも意見を聞いたところ、剖検材料のあるものはまだ金沢大学にあるが、自分が電話してその材料を早く発送してくれるように交渉しようといった。

12月4日 朝、さっそく石井博士と、天野博士のところヘスライドを受け取りに行った。かれは全く悲しい様子で、妻子を失った経緯を詳しく語った。舟岡博士に会いに行くと、残念そうにまだ金沢から応答はないが、例の材料はやがておそらく午後3時までには送られてくるだろうといった。とかくするうち、われわれは天野博士に誘われて三浦夫人を訪問した。夫人はドイツ人で、アメリカ人に会いたがっていた。彼女の家で、おいしい茶とドイツの菓子をごちそうになった。会話もまた二つの国語で進められ、私に対してはドイツ語で、天野、石井両博士には日本語で話すのだった。実に楽しい幕あいの時間を過ごした。(和訳は雑誌「広島医学」より)

注(1)京大の原爆調査班は、医学部と理学部物理学教室合同で、広島に投下された直後の8月10日から活動。一度京都に戻ったが、死者が増えたことを受けて9月2日から再び広島で診療と調査を行った。放射性物質が骨などに残留して臓器に影響すること、白血病やがんが長期的に発生するリスクと仕組みなどを調査班は指摘。現在の原発事故などで問題になっている「内部被曝」に通じる先見性がある。

注(2)京都府立医科大の原爆調査は、病理学教室の荒木正哉名誉教授らが調査班をつくり、45年10月から広島の草津診療所で被爆者の手当てや調査を行った。広島での解剖は8例。鳥取陸軍病院でも府立医大が被爆者の調査をしたとの報告がある。

注(3)似島(広島市南区)は広島湾にある島で検疫所があり、原爆投下後に臨時野戦病院になり1万人ともいわれる被爆者が運ばれ、次々に亡くなった。京大班は初期の症例をここで解剖した。

【 2018年01月17日 07時10分 】

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