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人為的感染、あったのか <元731部隊 調書を読み解く>

731部隊に所属した岡本耕造医師(のち京大医学部教授)への米国による尋問調書=1947年
731部隊に所属した岡本耕造医師(のち京大医学部教授)への米国による尋問調書=1947年

 米国側が秘密裏に、旧満州のハルビン近郊にあった関東軍防疫給水部「731部隊」関係者を尋問した調書の中から、京都帝国大医学部出身で戦後は医学部長も務めた病理学者、岡本耕造教授の尋問調書を解読してみることにした。

 岡本調書は敗戦後2年の1947年11月22日付。2段落目まで5行で、病理学者、解剖などの単語を別として簡潔な英文だ。

 <岡本博士は1938~1945年の間、ハルビンにいた病理学者であった。彼は実験はせず、詳しい実験計画を知らされずに、解剖に従事した。

 以下のリストは彼の解剖によって明らかにした実験的疾患とその概数。>

 続いて疾病を九つ挙げたリストがある。

<病名> <件数>  <感染経路>

ペスト    50   呼吸、注射

腸チフス    8   経口5、注射3

赤痢     20   経口 シガとコマガネ

コレラ    50   経口

炭疽     30   呼吸、注射、経口

馬鼻疽     5   注射?

チフス     5   注射?

感染症以外  20

マルタ熱    1   病理診断で結核

 辞書を何度も引いたが、医学英語に自信が持てない。この淡々とした記載では731部隊がただ通常の患者を解剖したリストにも見える。「人体実験」について何が言えるのか。「Shiga」は滋賀県だろうか? 英文タイプが潰れて判読しにくい箇所もある。そこで、米国での研究歴が長い医学者を含む医師3人に英文と仮訳に目を通してもらった。

 医師たちの指摘で、リストの印象は一変した。Shigaは滋賀県ではなく、赤痢菌の志賀株を指す。炭疽(たんそ)は2001年の米バイオテロ事件でも使用されたが、「空気感染する病原体ですが、一般にはほぼ存在しないと思います」。念のため医学統計を調べると、日本では47年に13例、以降年1桁台しか発生せず、自然感染した患者を30人も旧ハルビンまで集めるのは難しい作業のようにも思える。炭疽の投与経路でrespiratoryとあるのは呼吸ではなく、「菌を吸入させた」という意味と教えられた。猛毒の炭疽菌を吸入させ、注射、経口投与したと解読できる。

 腸チフスは通常、経口で感染するので、リストに書かれた「注射」は明らかに人為的という。sacrificeはマウスなどの動物実験では「結果をみるため殺して解剖することを指す」。

 米国滞在が長い医師はリストの前の文章にある記者が直訳した「実験的疾患」に注目する。

 「絶対ないとは100パーセント言い切れないが、病気で亡くなった患者を病理解剖する時はふつう、experimental diseasesとは言わない。これは明らかに、実験的に病気を使った、と解釈される。つまり実験的に感染させたことは分かっていて、『自分は人為的感染には関与せず、単に与えられた死体を病理解剖した』と言い逃れしているのだろう」

 1940年代の医療水準で病原体の解明がどこまでできていたか、その疾病がまれなのかなど、解読には英語力と医学的知識が必要だ。

 調書の結語部分には、731部隊の解剖した標本が終戦時に廃棄されず、密かに、京大医学部出身の731部隊病理班長で、47年当時は金沢医科大教授だった石川太刀雄の手元に渡った経緯を米側が尋問したとみられる。

 <1939~1945年に実験のため使用された500体を解剖した。石川太刀雄博士を含め病理学者5人が働いていた。ハルビンで解剖した「実験的M」の総数は1000例に及ばない。石川博士がこれらのスライド(訳注・病理標本)を持っているならば、知られることも疑われることもなく、上記を含む500症例以上を持ち去ったのだろう。なぜなら彼が1943年にハルビンを去ったのち、ハルビンには200症例しか残っていなかった。>

 ヒル・レポートの他の元隊員への尋問調書では、疾病ごとに投与から死亡までの時間、菌株の培養方法や化学式、対応する病理標本の番号がある。

 レポート総論では、コレラや赤痢など731部隊が研究した伝染病について、米側では「人体実験には良心のとがめがあるため」得ることができない貴重なデータだと説明されている。

 石川も岡本も京都大医学部出身の病理学者で同窓だ。戦後、石川は金沢大医学部長になった。

(機密文書「ヒル・レポート」は、ジャーナリスト近藤昭二さん編集の「731部隊・細菌戦資料集成」CD-ROM版を使用した)

(12回続きの6回目)

 ■【次回】731部隊が解剖した人体標本と京大が解剖した被爆者標本が、終戦直後は金沢の石川教授の元にあったこと、両方とも米軍が持ち去り軍事機密にしたことは、軍事とつながる医学研究の暗い面を浮き彫りにする。731部隊と京大医学部の関わりはどう始まったのか。部隊長だった京大医学部出身の軍医、石井四郎は戦後も、京都を訪れている。

【 2018年01月19日 19時24分 】

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