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社説:「京都芸術大」 校名の歴史は重いはず

 対話で解決策が見いだせないのは、残念というしかない。「京都芸術大学」という名称をめぐる対立が、法廷に持ち込まれた。

 法律以前に、大学の名にしみ込んだ歴史の重みや学生の思い、市民の親しみを、まず考えるべきではないだろうか。

 京都造形芸術大(京都市左京区)が名称を「京都芸術大学」に変更する方針に、京都市立芸術大(西京区)が反発。大きな混乱が生じるとして、造形芸大を運営する学校法人瓜生山学園に対し、新名称を使わないよう求め、大阪地裁に提訴した。

 市立芸大は「京芸」「京都芸大」と、市民から親しみを込めて呼ばれ、「京都芸術大」の名前でも通っている。長い年月の中で浸透したといえよう。

 名称の変更は、不正競争防止法が禁じる不正競争行為にあたる-と市立芸大は主張する。広く知られた商品表示に似た名の商品を作るなどして、市場に混同を生じさせる行為をいう。

 造形芸大は略称を「瓜芸(うりげい)」「KUA」として「京都芸大」「京芸」は使わないと説明する。それでも京都芸術大と名乗れば、一般的に「京都芸大」と呼ばれるのは容易に想像がつく。市立芸大と混同されないと言い切れるだろうか。

 名称変更は2021年の開学30周年を前に、舞台芸術や文芸を含めた幅広い芸術の教育、研究を打ち出すためという。

 これまでに著名な美術家を教授陣に迎え、若手の有望アーティストを輩出しており、造形芸大の名は広く知られている。学生や卒業生も大学名に愛着や誇りを感じているのではないか。学内外の声を聞いてはどうか。

 市立芸大と京都との結びつきは深い。母体となった京都府画学校は1880(明治13)年に開設されたが、京都の四条派などの画家らの働きかけによるものだ。斜陽だった地場産業の育成が目的の一つで、地元の要請を受けて工芸図案などの授業が組まれたという。

 学内の芸術資料館には、日本画の土田麦僊(ばくせん)ら名だたる卒業生の作品が所蔵されている。1969年に音楽学部を含めた現在の姿となり、市立芸大の名称に変わった後も、税金など市民に支えられる大学であり続けている。市民にとっても、名称変更の問題は気がかりではないだろうか。

 大学の名称には建学の理念が込められていよう。同時に、市民に親しまれてきた歴史もある。名称変更は周囲に祝福されるのか。造形芸大に考えてもらいたい。

【 2019年09月04日 13時30分 】

岸田繁 交響曲第一番・第二番 連続演奏会 2019.10.5

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