明治維新時代
鼓笛隊を先頭に「維新勤王隊」の当時の行装を模した行列や、明治維新の立役者たちが登場します。
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    ◆維新勤王隊列
    維新の際、現在の京都市右京区京北の有志が組織し、官軍に参加した「山国隊」の行装を模した。鼓笛隊が先頭を行く。
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    ◆維新志士列
    明治維新の立役者となった志士たちが「七卿落」列をはさんで次々と登場する。
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    ◆桂小五郎(かつら・こごろう)
    1833-1877 長州藩士。後の木戸孝允。西郷吉之助(隆盛)らと倒幕に尽力。
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    ◆西郷吉之助(さいごう・きちのすけ)
    1828-1877 薩摩藩士。後に隆盛と名乗る。坂本龍馬の仲介で薩長同盟を結び、江戸城の無血開城も果たした。後の西南戦争で敗れ自刃した。
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    ◆坂本龍馬(さかもと・りょうま)
    1836-1867 土佐藩出身。薩長同盟の成立や、大政奉還の立役者となったが、京都で暗殺された。
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    ◆中岡慎太郎(なかおか・しんたろう)
    1838-1867 同郷の坂本龍馬とともに維新に奔走したが、京都で龍馬とともに暗殺された。
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    ◆高杉晋作(たかすぎ・しんさく)
    1839-1867 長州藩士。農民らも参加した軍隊「奇兵隊」を創設して活躍。藩を討幕に導いたが、維新を前に病死した。
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    ◆吉田松陰(よしだしょういん)
    1830-1859 長州藩士。萩の松下村塾で高杉晋作、伊藤博文らを教育したが、幕府を批判したため、安政の大獄で処刑された。
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    ◆七卿落(しちきょうおち)
    1863(文久3)年8月、討幕計画にやぶれた三條実美ら尊王攘夷派の公家7人が長州へ落ちのびた。蓑をかぶり旅装の公家7人を、よろい姿の久坂玄瑞ら2人の武士が護衛している。
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    ◆三條実美(さんじょう・さねとみ)
    1837-1891 尊王攘夷運動の先頭に立った公卿。維新後に太政大臣を務めた。
 
江戸時代
時代祭最大の行列となる「徳川城使上洛列」から、江戸時代に活躍した女性たちの「婦人列」が登場します。
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    ◆徳川城使上洛列
    徳川幕府は大礼や年始などの際に、親藩や譜代の諸侯を城使として上洛させて皇室に厚礼を尽くした。槍(やり)持と傘持、鋏箱(はさみばこ)の掛け声や所作から、当時の行列の盛儀が感じられる。
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    ◆和宮(かずのみや)
    1846-1877 仁孝天皇の第八皇女。14代将軍・徳川家茂の正室に。江戸無血開城に隠れた功績がある。
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    ◆大田垣蓮月(おおたがき・れんげつ)
    1791-1875 江戸末期の女流歌人。陶芸にもその才能を発揮した。後に尼となって蓮月と称した。
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    ◆中村内蔵助の妻(なかむら・くらのすけのつま)
    江戸中期、京都の銀座で貨幣鋳造業を営んでいた富豪の妻。衣装比べの逸話で有名。他の豪商は皆、色鮮やかな衣装で競ったが、内蔵助の妻は下に白無垢(むく)を重ね着し、黒羽二重の打掛けという姿で現れた。
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    ◆玉瀾(ぎょくらん)
    1728-1784 江戸中期、独自の文人画を確立した池大雅の妻。浮世離れした大雅を支えた。夫らに絵を学び、画人としても知られた。
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    ◆梶(かじ)
    東山・八坂神社南門近くにあった水茶屋「松屋」のおかみ。池大雅の妻・玉瀾の祖母にあたる。歌集「梶の葉」を編んだ。
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    ◆吉野太夫(よしのたゆう)
    1606-1643 京の遊里・六条三筋町(島原の前身)の太夫。後に豪商の灰屋紹益の妻となった。信仰心があつく、常照寺に山門を寄進した。
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    ◆出雲阿国(いずものおくに)
    出雲大社の巫女。四条河原町で阿国が演じた念仏踊りが、歌舞伎の起源とされている。
 
安土桃山時代
織田信長が上洛する様子を表した「織田公上洛列」では、織田信長をはじめ、羽柴秀吉や柴田勝家などの戦国武将たちの勇ましい姿が見られます。
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    ◆豊公参朝列
    豊臣家の朝廷参上のうち、1596(慶長元)年5月の秀頼の初参内と、翌年9月の元服時の参内は最も盛大だったと伝えられている。列はそれを表したもの。
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    ◆織田公上洛列
    1568(永禄11)年9月、応仁の乱の後の京都を復興すべく、織田信長が兵を率いて上洛した時の様子を表した。信長のほか、重臣の羽柴秀吉や柴田勝家なども登場する。
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    ◆織田信長(おだ・のぶなが)
    1534-1582 1573(天正元)年に室町幕府を滅ぼし、天下統一へ突き進んだが、本能寺の変で明智光秀に討たれた。
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    ◆羽柴秀吉(はしば・ひでよし)
    1537-1598 後に豊臣秀吉と名乗る。織田信長に仕えて頭角を現し、天下統一を果たした。
 
室町時代
「室町幕府執政列」では、武家風俗を中心として、足利将軍など当時の武士の軽武装姿を表現しています。また、「室町洛中風俗列」では、京の町衆に広まった「風流踊り」を再現しており、頭に赤熊をかぶったり、奇抜な格好で太鼓や鉦に合わせて踊って参加しています。
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    ◆室町幕府執政列
    馬上の足利将軍は烏帽子(えぼし)に金襴の豪華な衣装をまとう。よろい、かぶとはつけず、軽装の小具足(こぐそく)姿で登場する。色鮮やかな甲冑(かっちゅう)をまとった細川氏や山名氏が、お供を務める。
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    ◆室町洛中風俗列
    16世紀、経済力を高めた京の町衆に広まった「風流踊り」を再現。頭に赤熊(しゃぐま)をかぶったり、奇抜な格好で太鼓や鉦に合わせて踊る。 節回しや踊りは、滋賀県に伝わるサンヤレ踊りを参考にした。
 
吉野時代
美しく歴史を彩った女性たちが登場する「中世婦人列」の中には、職業集団ともいえる大原女や、桂女の女性風俗も加わって、当時の女性の様々な姿が見られます。
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    ◆楠公上洛列
    1333(元弘3)年、後醍醐天皇の上洛を導いた楠木正成一族の行列を表す。正成は後醍醐天皇に応じて兵を挙げ、大阪・千早城にこもって幕府の大軍と戦い、建武政権下で河内の国司と守護を兼ね、和泉の守護ともなった。
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    ◆淀君(よどぎみ)
    1569-1615 豊臣秀吉の側室。母は信長の妹・お市の方。秀吉の子・秀頼を生み、秀吉の没後は秀頼を擁して大坂城で実権を握ったが、大坂夏の陣で落城の際、自刃した。
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    ◆静御前(しずかごぜん)
    源義経の側女。義経と吉野で別れた後、捕えられて鎌倉に送られ、源頼朝夫妻の前で義経恋慕の舞を演じた。後に、能の「吉野静」「二人静」などの題材となった。
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    ◆大原女(おはらめ)
    洛北・大原の女性は、大原女として、薪や炭などを頭に乗せて京の町へ行商に出ていた。
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    ◆桂女(かつらめ)
    京都・桂の里に住むアユ売りの商人を指す。白い布を頭に巻いてアユやあめなどを売り歩いた。巫女(みこ)の一種でもあり、婚礼や出産など、家の祝い事に訪れた。
 
鎌倉時代
平安時代から武者の嗜みとして盛んに行われた流鏑馬を、1221(承久3)年、後鳥羽天皇は朝廷の権威回復のため、城南離宮で近畿十余国の武士を召集して行いました。「城南流鏑馬列」はその一場面です。
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    ◆城南流鏑馬列
    流鏑馬(やぶさめ)は平安朝から行われた騎射の技で、馬場に3カ所の的を立て、馬を走らせながら弓を射ます。列は狩り装束の射手を中心とした5組を表しています。
 
藤原時代
藤原氏が最も栄えた頃の文武両様の姿を表した「藤原公卿参朝列」と、女性の服装が大きく変化し、時代風俗の変化を示した構成の「平安時代婦人列」の行列が見られます。
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    ◆藤原公卿参朝列
    平安時代中期以降、藤原氏が最も栄えたころの文武両様の姿を表したもの。列は夏の様式。
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    ◆巴御前(ともえごぜん)
    木曽義仲の側女。平安末期、武将として奮戦し、義仲に最後まで連れ添った。
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    ◆横笛(よこぶえ)
    建礼門院の雑仕。「平家物語」などによると、滝口の斎藤時頼に愛されたが、時頼が出家すると、その後を追って尼になった。
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    ◆紫式部(むらさきしきぶ)
    平安中期、「源氏物語」を著した。一条天皇の中宮彰子に仕え、「紫式部日記」「紫式部集」も残した。
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    ◆清少納言(せいしょうなごん)
    平安中期の随筆家・歌人。和漢の学問に通じ、「枕草子」を著した。
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    ◆小野小町(おののこまち)
    平安前期の歌人。六歌仙・三十六歌仙の一人。絶世の美女で、さまざまな伝説を持つ。
 
延暦時代
坂上田村麻呂の行軍の姿や、公卿諸臣が朝廷に参上する様子を表した列に続き、祭神の行列「神幸列」が現れ、いよいよ祭りの雰囲気が高まります。
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    ◆延暦武官行進列
    この列の大将に当たるのは坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ、758-811)。平安初期の武将で征夷大将軍となり、蝦夷(えぞ)征討に大功があった。また、京都の清水寺を建立した。
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    ◆延暦文官参朝列
    延暦時代の公卿諸臣が朝廷に参上する様子を模したもの。
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    ◆神饌講社列
    時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人達。
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    ◆前列
    神幸列の前を行くので前列といわれ、雅楽の奏者、迦陵頻伽、胡蝶の舞人など優美な行列で、多数の狩装束のお供が従う。
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    ◆神幸列
    御鳳輦(ごほうれん)を中心とする神幸の本列。先の御鳳輦が孝明天皇、後の御鳳輦が桓武天皇で、宮司以下神職が前後につき従う。
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    ◆白川女献花列
    白川女(しらかわめ)は北白川(現在の京都市左京区)の女性で、比叡山のすそ野、白川に広がる花畑の花を京で売り歩く。平安時代から続いてきた。
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    ◆弓箭組列
    京都の丹波には、源頼政に従って弓矢の術に秀でた人たちが多く、その子孫の人々も平素から弓箭組を組織し、日ごろから射術を研究していた。桓武天皇が平安遷都を行った際、その列を警護し、維新では山国隊とともに活躍したという。