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点から線へ

 能登の海は目が覚めるほどの群青色で、底まで澄みわたっていた。この地に生まれた桃山時代の絵師、長谷川等伯(1539~1610年)もこの海を見ただろうか▼今年生誕480年。石川県七尾市の武家に生まれ、染物屋の養子となった等伯は、後ろ盾もなく30代で京に上り、名門狩野永徳と肩を並べ渡り合った。湿り気まで感じさせる濃密な大気を表した「松林図屏風(びょうぶ)」は水墨画の最高峰と評される▼地元の美術館で等伯展が開かれていた。点数こそ小規模だが、京を目指した等伯の心持ちが伝わってきた。若き日の「鬼子母神(きしもじん)十羅刹女(らせつにょ)像」の柔らかい面差しは、篤(あつ)い法華宗徒だった等伯の原点を見る思いがした▼法華宗はこの時代、京でも町衆に広く信仰された。能登と京の人々は、北陸道や琵琶湖の水運で今以上に緊密に行き交っていただろう。等伯の先達(せんだつ)である能登絵師の作品にも、京の強い影響が感じられた▼多くの人が京に集い、全国に下った。京都の歴史は深く掘り起こされてきたが、目線が京都という点にとどまると、歴史のダイナミックな動きが見えにくい▼今回世界遺産登録が勧告された百(も)舌鳥(ず)・古市古墳群も、築造時は海に近く、淀川水系や瀬戸内海の交通、大陸との関係がうかがえる。点でなく線や面で見れば、歴史はさらに面白い。

[京都新聞 2019年05月19日掲載]

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