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米長玉

 「どのような形で人生を投了するか」とブログに書き残して、永世棋聖の米長邦雄さんが69歳で逝った▼勝ち運にあやかろうと伝説的棋士の墓石を削る人がいることから、自分の墓石は「削り料千円」、死後の記者会見をしたいとも記した。奔放で洒脱な天才棋士は最後まで「次の一手」を読んでみせた▼王将を常識外の端に逃がす「米長玉」など終盤に強く、その将棋は泥沼流とも呼ばれた。1979年に京都が第1局だった棋王戦を制すなど活躍したが、名人の座だけは遠かった。ライバル中原誠十六世名人には名人戦屈指の絶妙手「5七銀」を打たれ敗れた。負け姿が美しく、所作は絵になった▼7度目の挑戦、49歳の史上最年長で悲願の名人に。引退後は日本将棋連盟会長に就任した。ゴタゴタを招く「悪手」もあったが、インターネット対局や子どもへの普及など未来への大局観があった▼「兄3人は頭が悪いから東大に行った」といった語録で人気だった。自分にとって消化試合でも、相手が命がけの勝負には全力を尽くす哲学は将棋界に受け継がれている▼今年はコンピューターとの公開対局で注目を集めた。機械を惑わそうと鬼手をいきなり放ったが、一手の見落としを突かれ敗れた。精緻な定跡研究が要求される時代、若手棋士は学究肌が目立つ。こんな勝負師は、もう出ないかもしれない。

[京都新聞 2012年12月20日掲載]

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