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天国と地獄

 逮捕された若い誘拐犯が金網越しに被害者の会社役員と面会する。暮らす安アパートからは高台の役員宅が「天国」に見えたと吐露する。「毎日毎日見上げているうちにだんだんあなたが憎くなってきた。しまいにはその憎悪が生きがいみたいになってきたんですよ」▼黒澤明監督の名作「天国と地獄」の終場面だ。高齢者を狙う詐欺集団の実像を追ったルポ「老人喰(ぐ)い」(鈴木大介著・ちくま新書)を読んで思い出した▼詐欺師は手下となる若者たちに吹き込む。日本はカネを持った老人とカネのない若者の国だ。若者がまじめに働いても貧乏から抜け出せない。おまえら、身にしみてるだろ。老人がカネを抱えてるから世の中が回らない。多少もらうだけだ-▼若者の多くは恵まれぬ家庭に育ち、社会でも挫折してきた。巧みな言葉に染まり、組織の末端として詐欺電話をかけるようになる▼高齢者の被害は後を絶たない。今は「年金情報もれ」に乗じ、京都や滋賀でも不審な電話が続く。神奈川県では実害も出た▼貧困を放置する社会に問題があろうと、受話器を握る犯罪者を許しはしない。人の暮らしに「天国」などない。年を重ねた分だけの辛酸もなめ、生き抜いてきた高齢者が敵なのか。耳を澄ませ。後ろで直接手を汚さない者の笑い声が聞こえぬか。

[京都新聞 2015年06月18日掲載]

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