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蜂谷弥三郎さん

 先月の朝刊に、ある訃報が載っていた。鳥取市の蜂谷弥三郎さん。草津市出身の元シベリア抑留者。わずか16行の記事から、その「数奇な人生」はうかがえなかったかもしれない▼朝鮮半島で終戦を迎え、身に覚えのないスパイ容疑で旧ソ連に連行される。妻の久子さんと生き別れになり、強制収容所へ。釈放後も帰国は許されず、やがて似た境遇のロシア女性クラウディアさんと結婚する▼約40年がすぎ、久子さんが帰りを待ち続けていることを知る。「他人の不幸の上に私だけの幸福を築き上げることはできない」とクラウディアさんに送り出され、1997年に56年ぶりの帰国を果たす▼テレビドラマや演劇にもなったので、「ああ、あの話」と思い出す方も多いのではないか。守山市に住む、おいの中西繁次さんは「『ソ連のおっちゃん』と呼んでいて、ずっと会いたかった。帰国した時は涙が出た」という▼蜂谷さんの話が反響を呼んだのは、戦争によってひき裂かれたままの、数えきれない夫婦があったからだろう。戦後70年の節目に96年の生涯を終えたのも、何かのめぐり合わせだったのか▼久子さんは8年前、クラウディアさんは昨年亡くなった。「2人を見送って、ほっとしたのかも」。鳥取にいる娘の久美子さんは、電話でそう話してくれた。

[京都新聞 2015年07月03日掲載]

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