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いのちの初夜

 河瀬直美監督の映画「あん」は、ハンセン病元患者への偏見という問題を扱う。舞台は小さなどら焼き店。求人の張り紙を見てやってきた高齢の徳江が作る粒あんのおいしさで、店は大繁盛する。だが、元患者との噂(うわさ)が広まり、客足はふっつり途絶える…▼作品は、根深い偏見や差別を静かに問いかけ、苦難の人生を背負わされた徳江の生きる意味を刻む▼ハンセン病は治療薬のない時代、「不治の病」と恐れられた。国は強制隔離を推し進め、地域でも排除運動が広がった▼患者らの姿を生々しく描き、川端康成も称賛したのが、北條民雄の小説「いのちの初夜」である。「癩(らい)病に成りきる」「癩者の生活を獲得する時、再び人間として生き復(かえ)る」。療養所に入所した自身の経験をもとに、絶望の淵(ふち)で患者として生きる覚悟を悲しくも、力強く記す。揺るぎない人間肯定だ▼北條の本名は、昨年初めて明かされた。親族への差別を避けるため、長く伏せられてきたという。これを機に、故郷の徳島県阿南市は生誕100周年を記念し、1回限りの北條民雄文学賞を創設。8月からハンセン病をテーマに作品を募る▼ハンセン病の負の歴史は、私たち自身の心の闇を射貫(いぬ)く。差別が生んだ事実はあまりに残酷で重い。過去に閉じ込めず、今を見つめる機会にしたい。

[京都新聞 2015年07月20日掲載]

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