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「主役」はシイタケ

 炊き込みご飯はふたを開ける瞬間がたまらない。ふわっと広がる香り。シイタケが身をていして出したうま味を吸い込んだ新米に箸が進む。煮物にしろ肉詰めにしろ、シイタケはいつも相方を引き立てる▼そんな「脇役」の印象を、この人のシイタケと出合いあらためた。新矢繁次郎さん(88)。おがくずなどの菌床栽培が大半を占めるなか、コナラやクヌギの原木を使った栽培を大阪府島本町の山で続けて70年。なお現役だ▼1人で2千本以上の木を切り、樹皮に菌糸を沈め、森に寝かせる。目に見えず、もの言わぬ菌の声を新矢さんは手でなでて聴く。「菌が伸びると皮が浮いたような音がします」▼菌に刺激を与えるため原木を水に漬ける時季は月を仰ぐ。「満月だと圧がかかって水を吸わない」のだそうだ。顔を出したシイタケは午前2時頃、かさが開ききる前に収穫する▼シイタケの時間で生きる新矢さんとわれわれの時間が交わる場がある。JR島本駅界隈(かいわい)で開かれる朝市だ。「おじさん、今日のも大きいなあ」「そやろ」「焼くとおいしそう」とのやりとりの端から一袋一袋と売れていく▼その夜、網で焼いていただいた。ひだから細かな泡が出るのを待ち、すだちを絞り、醤油(しょうゆ)をぽとり。肉厚で甘い。一皿で食卓を秋に染める堂々たる主役だった。

[京都新聞 2015年10月18日掲載]

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