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希望としての不服従

 19世紀の米国の作家ソローは、2年余りにわたる自然の中の自給自足生活の記録などで知られ、「森の隠遁(いんとん)者」のイメージが強い▼だが一方で、奴隷制度やメキシコ戦争に抗議するため、税金の支払いを拒否して投獄されるなど抵抗の人でもあった。その考え方をまとめた論文「市民の不服従」は、国内外にさまざまな影響を与えてきた▼連邦政府や州政府の政策などが個人の良心と矛盾をきたす場合は、後者が尊重されるべきだとし、政府が暴政に走った時に市民は納税拒否などの平和的手段で抵抗する権利を持つという考え方である▼インド独立運動のガンジー、公民権運動のキング牧師、さらにベトナム戦争下、北ベトナムに入り、自国の政府の空爆の下に身を置いた歴史家ストートン・リンド氏も、ソローに触発された一人といわれる▼その米国では、イスラム圏からの入国拒否など差別的な排他政策を掲げるトランプ大統領の言動が物議を醸すが、それに抵抗する不服従の力も健全に働いているのは救いといえようか▼先日のアカデミー賞授賞式では、司会者や受賞者らが口々に政権の方向に「ノー」を突きつけた。人権や包摂の価値を守ろうとする姿は、米国だけでなく世界の希望でもあろう。天国のソローも固唾(かたず)をのんで行方を見守っているはずだ。

[京都新聞 2017年03月02日掲載]

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