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森見さんの「熱帯」

 誰一人読み通したことのない幻の本「熱帯」。謎の解明のため向かった京都で明らかになる事実。いつしか幻の本が描く世界へ。京都大出身の作家森見登美彦さんの最新作は常識を超えた怪作だ。タイトルは作中の本と同じ「熱帯」▼創造の魔術を操る魔王、名前も記憶も失った男が巻き込まれる冒険、随所に浮かぶ京都の情景、千一夜物語の失われた挿話…。物語の中に物語が入れ子状に増殖し、構成は複雑怪奇となる▼2003年にデビューし、軽妙な語り口で不思議な物語を紡いできた森見さん。3度目の直木賞候補になったが、16日の選考会では惜しくも受賞を逃した▼人気に応えようと創作に励んでいた11年、スランプに陥りすべての連載を中止。「熱帯」もその一つで8年越しの完成となった。「小説を書くことの意味を物語の形で書いてみようと思った」▼作品解釈について「読者によって分かれるのは必然」と語る。誰も読み通せない本は私たちの人生にも例えられよう。解釈を積み上げる作業は人生の意味を問うことと重なる▼同じく選にもれたが今回、平安時代の京を舞台に酒呑童子(しゅてんどうじ)伝説に新解釈を加えた、大津市在住の新星今村翔吾さんの「童の神」も注目された。京都は物語の宝庫だ。これからも自由な想像の翼で私たちを包んでほしい。

[京都新聞 2019年01月21日掲載]

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