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2歳児生還

 山口県の周防大島は、「忘れられた日本人」を著した民俗学者宮本常一さんの生誕の地である。瀬戸内海で最も活気のある島の一つだったそうだ。人口の増える19世紀初めごろから出稼ぎに行く人が現れた▼宮本さんによると、船乗りや大工として各地を転々とし、さまざまな経験をした人は、「あれは世間師だ」と呼ばれ、一目置かれたという。自身も全国を旅して、膨大な記録と収集品を残した▼そんな土地柄の島で、2歳男児が行方不明となった。母親と帰省していた同県防府市の藤本理稀(よしき)ちゃん。いなくなって3日もたち、母親が「もう駄目か」と観念しかかったころ、けがもなく見つかった▼豪雨や命に関わる猛暑が続く夏に、数少ない朗報である。理稀ちゃんは帰省先から少し離れた木陰まで、いわば旅をして、水のある沢に座っていた。呼び掛けには「ぼく、ここ」と応じ、もらったあめをかじった。大変な経験をして、長ずれば立派な世間師となるだろう▼発見したのは大分県の捜索ボランティア尾畠春夫さん(78)。警察と消防は転落の可能性があるとみて、ため池に潜っていた。遺体を探していたのではなかろうか▼生きていると信じた尾畠さんは「子どもは登りたがる」と山に向かった。幼い命を救ったのは忘れられていたような世間知だ。

[京都新聞 2018年08月17日掲載]

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