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(26)遊牧民の味

宣伝用の絵も海外調達
宣伝用ポスターデザインの公募で1等に選ばれた作品
宣伝用ポスターデザインの公募で1等に選ばれた作品

 子どもの時、親から「炭酸飲料は駄目だけど、乳酸飲料なら飲んでもいい」と言われた記憶がある。おいしかったので特に理由を聞かないまま過ごしてきた。

 日本初の乳酸飲料「カルピス」の生みの親は、浄土真宗本願寺派(西本願寺)の僧籍を持つ三島海雲だ。大陸へ渡り、北京で雑貨貿易商を立ち上げた後、新しい事業の展開を求めて、内モンゴルを訪れた際、遊牧民の「酸乳」と出合った。健康効果に驚き、帰国後に改良を重ね、1919(大正8)年7月7日に「カルピス」として発売したら爆発的に売れた。

 絵はがきの説明に「国際懸賞募集ポスター」とある。カルピス宣伝用のポスターデザインとして、第1次世界大戦後のインフレに苦しむ独仏伊の商業美術家を対象に公募した。1400点を超える応募作から、1等(500ドル)にドイツ人のアンロ・イェーネの作品が選ばれた。3等に入選した黒人マークは長く親しまれた。当時のうたい文句に、賞金は3500兆マルクとあり、懸賞が行われた1923(大正12)年11月には1ドルが4兆マルクを超えたという。

 生家の教学寺は現在の大阪府箕面市にあり、海雲の功績を称える石碑が境内に立つ。それにしても彼の卓越した国際感覚には今も驚かされる。

【2016年05月05日掲載】