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新連載 「いしいしんじ訳 源氏物語」 について

紫式部が今いたら こんな風に語る、と
いしいしんじさんいしい・しんじ
1966年大阪市生まれ。京都大卒。主な作品に「麦ふみクーツェ」(第18回坪田譲治文学賞)、「ある一日」(第29回織田作之助賞)など。2009年から京都市在住。

 「源氏物語」との出会いは、中学か高校の古文の授業でした。それまでに習った「枕草子」や「徒然草」などとは違って、すごく「女の人」の感じがしましたね。「枕草子」の文章は中性的な印象で、威張ったり自慢したり、鼻につくところがあるのがまた面白いのですが、「源氏」はとにかく全部が女の人の世界だな、と。

 高校2、3年の頃は谷崎潤一郎が好きだったので、谷崎訳で初めて全部読みました。大学時代は時間があったので、原文もすべて読んでみました。

 その時に、原文の響きや、ひらがなの字面などから感じたのは「さびしさ」です。この世にあるものがすっと消えていく、フェードアウトしていく感じが全編に立ち込めている。ベートーベンの楽曲のように「ジャン!」と終わるのではなく、言葉を空中に浮かべたまま終わる、というか。物語の芯にそういうものが組み込まれている。

 現代でも、長編小説には、やはりフェードアウト感があるんですよね。そういう意味では、あらゆる長編小説の根っこに「源氏物語」がある、と言えるのかもしれません。

 今回、現代語訳を始めてみて、会話部分だけでなく、地の文から語ってるやん、ということに改めて気付きました。読めば読むほど、紫式部の声が聞こえてきます。だから、ちゃんと式部の声が聞こえるように訳したい。

 今の京都の人がしゃべっているように、と訳しています。ぼくは京都生まれではないので、正確には「京ことば」ではなく、式部が今ここに生きていたらこんな風に語っているだろう、という「架空の言葉」ですが。1年の連載で、「桐壺」から始まり、幾つかの有名な箇所を抜粋する予定です。ただ、五十四帖の最後は訳したい。式部が筆を置く所で一緒に筆を置きたいと思っています。

 式部の声を聞いて、彼女が語らずにはいられなかった「ものがたり」を味わってほしい。そして、式部が単なる歴史上の人物ではなく、今も生きている、と感じてもらえたらありがたいです。(作家)

古典に親しむ いしいしんじ訳 源氏物語

【2017年03月31日付京都新聞朝刊掲載】