京都新聞TOP > 文化・文芸・教育アーカイブ > 京都・滋賀 いろいろかたり
インデックス

映画監督 塚本晋也さん

映画の都、巨匠の足跡
 暴力的な描写が話題に上る作品群の印象とは対照的に、表情は柔和で、語り口は優しい。多忙な中、「京都と映画に関する話が良いかと思って、考えてきたんです」との心遣いに人柄がにじむ。
 そんな塚本さんにとって、「白」が京都の色。「それも、濃い赤や黒を下地に、きっちりと塗った、薄味でなく、みやびな白。歴史ある漆喰(しっくい)の壁のような」
 取材後、「色の話がうまく言えなかったなあ…」と悩む表情に。一つの質問にも誠実に向き合う姿に、多くの役者や観客に愛される理由を垣間見た気がした。
「野火」上映で全国の映画館を回る中で、印象に残ったという「立誠シネマ」で語る塚本さん。「外よりも室内が暗くてひんやりしている。自分が通っていた学校を思い出して、郷愁を誘いますね」(京都市中京区・旧立誠小)
「野火」上映で全国の映画館を回る中で、印象に残ったという「立誠シネマ」で語る塚本さん。「外よりも室内が暗くてひんやりしている。自分が通っていた学校を思い出して、郷愁を誘いますね」(京都市中京区・旧立誠小)
 独特な映像で異彩を放つ映画監督の塚本晋也さんは、家族としばしば京都を訪れる。
 「高校の修学旅行が初めての京都だったと思います。大好きだったテレビ版の座頭市の台本がなぜが普通のお土産屋さんで売っていて、買ったのを覚えています。だいだい色の表紙で。映画少年だったので、本当に使われた台本というのは、うれしかったですね。

 家族が京都を好きで、何度も観光で来ています。思い出深いのは、黒澤明監督が脚本を書くときに泊まった『京の宿 石原』(京都市中京区)です。1年ほど前に泊まったんですが、最初、僕は知らなくて、行って驚きました。奥さんが僕の誕生日のお祝いに、黒澤監督がこもっていた部屋を取ってくれたんです。

 いっぱい好きな監督さんがいるけれど、誰が一番かと聞かれると黒澤監督なんです。高校生のころに作品はほとんど全部見て、本も読みあさって、映画への考えや脚本の書き方、照明のこだわりまで全部勉強したほどです。僕の作品とは全然違うのですが、あれだけ多くの人に受け入れられる作品でありながら、一作一作大胆な実験に満ちている。非常に刺激的です。

 『石原』では、『これが黒澤監督が使っていた湯飲みです』といってお茶が出てきて。申し訳ないなと思いながら飲みました。間接キスですよね(笑)。でも、ここで脚本を書いていたのかと思うとドキドキしました」

歴史触れ、壮大な物語夢想

映画監督の黒澤明さんが「八月の狂詩曲」や、遺稿となった「雨あがる」の脚本を執筆した「京の宿 石原」の部屋(中京区)
映画監督の黒澤明さんが「八月の狂詩曲」や、遺稿となった「雨あがる」の脚本を執筆した「京の宿 石原」の部屋(中京区)
 戦後70年の今年、日本の戦争文学の金字塔といわれる大岡昇平の小説「野火」を映画化した。
 「高校生の時に原作を読んで、いつか映画にしたいと思いました。30代で具体的に動き出し、40代はかなり本気で作りたかったけど、無理で延期して。今回もお金は集まらなかったけど、世の中の風潮から、今作らないとこれからもっと作りにくくなる、と危機感を感じて無理矢理始めた感じです。

 10年前、今聞いておかないと聞けなくなると思って、80歳を超える方々に戦地の話を聞いたんです。戦争で死ぬことに美徳を見いだしたような映画や小説があるけれど、お話をうかがう限り、そこに美徳はない。未来ある若い肉体と精神が中断される。肉体をぐちゃぐちゃに崩壊させられて。それより悪いことってこの世にないんじゃないかと思いますね。

 僕は父親に『もっと新聞を読めよ』と怒られるくらい世の中に無頓着だったんだけど、それでも今は戦争に傾いていると濃密に感じます。大規模な映画にする願いはかなわなかったけど、必要な時期に公開できて良かったと思っています。

 『野火』は自分たちで配給して、劇場を回っています。上映にあたり、京都シネマ(下京区)など全国の70近いミニシアターが賛同してくれてうれしかった。頭の柔らかい中高生にも見てもらいたいと思っています」

 京都で映画を撮ったことはないが、思い描いているものはある。
 「京都に憧れはありますが、映画はこれまでずっと『都市』と『人』がテーマで、『野火』で都市の外側には自然があり、都市は小さなゆりかごにすぎないという境地に達しました。伝統的な空気を映画にするにはまだ時間がかかりそうです。

 でも、時代劇を作ってみたい気持ちはありますね。昔から作りたいテーマがいくつかあって、その中に入っているんです。

 それから、家族で京都や奈良を回ってお寺の歴史を見て、ちょっと興味が湧いて映画を夢想することはあるんです。歴史を踏まえた壮大な伝記ロマンとか、歴史にのっとりながら人々がものすごい暗躍するような冒険奇譚(きたん)みたいなのものを。

 京都は映画のまちだと思いますが、昔ながらの撮影現場で、照明の上に主がいて、気に入らない俳優がいると照明を落とされる、みたいなイメージがあります(笑)。そんな人は今はいないと言われますけどね」

つかもと・しんや

「家族と訪れて思い出深いのは三十三間堂。子どもも驚いていました。恵文社一乗寺店には3、4時間いましたね」
「家族と訪れて思い出深いのは三十三間堂。子どもも驚いていました。恵文社一乗寺店には3、4時間いましたね」
 1960年東京都生まれ。89年に「鉄男」で劇場映画デビュー。「六月の蛇」「悪夢探偵」など多数の作品を手がけ、97年と2005年にはベネチア国際映画祭の審査員も務めた。俳優としても活躍し、自身が監督、主演した「野火」が今年、全国で公開された。

【2015年11月21日掲載】