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(5)ミステリー作家 綾辻行人さん×女流棋士 山口絵美菜さん

だましきる爽快感

 工夫を凝らした仕掛けや伏線。あっと驚く終盤の逆転劇。ミステリー小説、とりわけロジックを重視する「本格ミステリー」は、どこか将棋の対局を思わせる。片や紙上で繰り広げられる知的遊戯、片や盤面の駒に知性を込めての真剣勝負。大のミステリーファンという現役京都大生の女流棋士山口絵美菜さん(21)が、新本格ミステリーの旗手綾辻行人さん(55)との「対局」に臨んだ。

不完全情報で読者をもてなす

京都大推理小説研究会の部室で語り合う綾辻行人さん(右)と山口絵美菜さん。壁面は「犯人当て」の歴代タイトルで埋まる=京都市左京区・京都大
京都大推理小説研究会の部室で語り合う綾辻行人さん(右)と山口絵美菜さん。壁面は「犯人当て」の歴代タイトルで埋まる=京都市左京区・京都大

 綾辻 僕は中学の時、将棋クラブだったんですけど、仲が良かった友達に1回も勝てなくてやめてしまいました。なので詳しくないのですが、将棋とミステリーは通じるものがありますか。

 山口 やはり一番は爽快感があるっていうことでしょうか。私はぜんぜん謎は当てられないし、犯人も分からないのですが、最後に真相が分かった時の感覚は「詰め将棋」に似ているなって。それに、作家の方は作品を通じて読者と対峙(たいじ)していますよね。読者をいかにミスリードするか、裏切った結末に持っていくか。将棋の対局でも、相手を理解した上で裏をかいたり、相手の特徴を踏まえて「読み」を深めたりします。

 綾辻 確かに、ミステリーの謎解きと詰め将棋は似ているとよく言われます。僕が所属していた京大のミステリ研(推理小説研究会)では、伝統的に「犯人当て」という論理、推理の問題を出し合うんです。小説の形式にして朗読するんですが、先輩から「論理が詰まっていない。穴がある」と指導を受けましたね。ただ、だませば良いわけじゃないって。

 山口 詰め将棋は別解があったらだめですが、ミステリーでも許されないですよね。

 綾辻 唯一の正解を目指すのですが、やっぱり小説なので原理的には無理。小説は、キャラクターを動かして、人物関係や背景があって、そういう世界を作者が文章で語る形式なので、どうしても完全情報にはならない。完全情報に見せかけ、フェアであるように見せかけて、読者をもてなす文学なんです。(全ての行動や状態が互いに明らかな)完全情報ゲームである将棋との違いですね。

 山口 ミステリーは不完全情報であることを生かして、読者をだますこともできて、それも魅力じゃないでしょうか。先生の「十角館の殺人」や「迷路館の殺人」、すごくびっくりしました。

 綾辻 僕はどちらかというと、叙述レベルで読者をミスリードして、前提そのものをひっくり返す小説が多いので。あんまりフェアじゃないんです。将棋をやっていると思っていたら、実はオセロでしたみたいな。

 山口 へへ、でも、とても面白いです。

将棋は分からないから面白い

「矢倉囲いは純文学。振り飛車はスポーツ紙と言われます」と山口さん。では、ミステリーは?
「矢倉囲いは純文学。振り飛車はスポーツ紙と言われます」と山口さん。では、ミステリーは?

 ■駒のように

 綾辻さんのデビュー作「十角館の殺人」には、犯人のモノローグとして「世界をチェス盤に見立ててみたところで、人間たちを盤上の駒に置き換えてみたところで、読みにはおのずと限界がある」という印象的な一文がある。

 山口 将棋の駒とミステリーの登場人物って、共通項があるのでしょうか。

 綾辻 純文学と対比して、ミステリーは人物を駒のように扱いすぎる、人間が描けていない。かつてはそんな批判があったんですね。確かに、最初にトリックがあって、プロット(筋書き)を決めていって、それに合わせて人物配置をしますから。だから、都合に合わせて人間を駒のように殺してしまいますし。あ、似ていますね、将棋と(笑)。

 山口 ほんとですね。すごく大事にしてきた駒なのに、バッと切り捨てたり。この戦法だと、この駒を大切に働かせるというルールみたいなものがあるんですが、場合によっては、とらわれずに動く。でも、自分が切り飛ばした駒で追われると、「ああ、あの時の角だ…」って思っちゃいます。

 綾辻 そういう意味では、将棋も残酷ですよね。なるほど、人物の動き方を将棋の駒になぞらえると、作りやすいかもしれません。この人はなんか斜めに行くとか、この人は一歩ずつしか動かないとか。

 ■機械と対局

 プロ棋士とコンピューターソフトの対局「電王戦」で、人類と機械の力がきっ抗してきている。羽生善治さんは20年前、コンピューターがプロを負かすのは「2015年」と予言していた。

 綾辻 最近は電王戦に興味があるんです。どう思われますか。

 山口 やっぱり最後の砦(とりで)として、人間を応援したい気持ちはすごくあります。私はもう勝てないですけど、トップの人には負けてほしくない。私からすると、将棋の一番の魅力は「分からない」ところ。でもソフトは、可能性がある手をしらみつぶしに検討してしまう。それは、人間ができないことですよね。

 綾辻 宮内悠介さんのSFミステリー「盤上の夜」の中に、将棋に関する中編があります。技術が進化して完全解析されたら将棋は滅びるのか、というテーマなんですよ。

 山口 えー、面白そう。滅びてしまうのはちょっと困るけれど。

 綾辻 実際、同じ完全情報ゲームであるチェッカーやオセロは、ほぼ完全解が見つかっていて、コンピューターが必ず勝つ。だからね、電王戦を見ていると、ちょっとハラハラするんですよ。

 山口 人間を超えてほしくない思いもあるけれど、例えば羽生先生の「大局観」を解析してもらえるなら、それはすごく見てみたいですね。将棋界にとってもプラスになると思います。

 綾辻 将棋は完全情報ゲームで、すべては解析され得るはずなのに、すごく人間くさい面がありますね。プロの投了図とか、素人には分からないけれど。

 山口 そうですね、プロ同士の読みで勝敗は明らかだけれど、あと40手は指さないと「詰み」にはならない。そういう時は、棋譜を汚さないために投了するという美学はありますね。ところで、ミステリーもトリックは出尽くしてしまったということはないのでしょうか。

 綾辻 原理までさかのぼると、もう新しいものは見つからないかもしれません。ですから、個々に発明、発見された原理をいかに応用したり、組み合わせるかに腐心する。あとは演出、見せ方。もちろん、過去のトリックそのままの流用は禁じ手です。

 山口 将棋でも1回だけ有効な、トリッキーな戦法があるんです。ちょっと師匠に怒られちゃいそうな。相手の動揺を誘って、受けを間違える隙に勝ちを目指すみたいな。相手が対策を立てたら、もう使えないんですけど。

 綾辻 決まれば爽快でしょうが、引っ掛かると悔やまれますね。

 山口 そうですね。どういう意味の手か分からなくて、素直に飛車を取っていると、数手後になってだまされたことに気付いて。もう、全然うれしくないです。ミステリーでだまされるのは楽しいんですけどね。

ミステリー作家 綾辻行人さん

綾辻行人さん

 あやつじ・ゆきと 1960年京都市生まれ。京都大大学院時代に「十角館の殺人」でデビュー。92年に「時計館の殺人」で日本推理作家協会賞を受賞。麻雀の腕前はプロ級、名人戦で優勝経験もある。

女流棋士 山口絵美菜さん

山口絵美菜さん

 やまぐち・えみな 1994年生まれ、宮崎県出身。森信雄七段門下。2014年に女流3級。京都大文学部では棋力向上を目指して「論理的な思考の諦めやすさ」を研究。本紙夕刊「なでしこ指南」の担当者の1人。

【2016年01月08日掲載】