京都新聞TOP > Sprout!
インデックス

美術作家 石場文子さん

視覚の違和感、線に仕掛け

平面の奥行きを探求

4年間住んだJR嵯峨嵐山駅の近く。「アルバイトしていたお店はなくなりました」という石場文子(京都市右京区・JR嵯峨嵐山駅前)
4年間住んだJR嵯峨嵐山駅の近く。「アルバイトしていたお店はなくなりました」という石場文子(京都市右京区・JR嵯峨嵐山駅前)

 石場文子が机の上の風景を撮影した写真は、ものの輪郭が黒い線で縁取られている。観葉植物、皿、くしゃくしゃの紙くず、壁に貼られた絵の中の椅子。これは印刷された写真の上で形をなぞったのか。だが、この線はまだ変だ。妙にリアルでぼやけたりしているからだ。線が引かれたのは植物、皿、紙くず、実物の方だった。「輪郭線があるだけでなんか変だなと思わせるのが大事。線は粗かったり、途切れていたり、黒く塗った棒を置くこともあります」。鑑賞者の意識は写真の内と外を行ったり来たりすることになる。

「2と3のあいだ(わたしの机とその周辺)」 2017年
「2と3のあいだ(わたしの机とその周辺)」 2017年

 制作法はアナログだ。作業場や机上に向けたカメラのレンズを何度ものぞきながら、水性ペンで日用品の輪郭に少しずつ手描きの線を加えていく。曲面を縁取るには幅のある線でないと、写真に写らない。線と面、2次元と3次元、現実と虚構の間で揺らぐ。

 学生時代は、シルクスクリーンで刷った洋服の模様と実際の洋服を写真にしてフラット化したり、模型のベッドを写して引き伸ばしたりしていた。「変な距離感、違和感が出る。何がフェイクで、何が本物か。写真という1枚の紙の中のその奥がどうなっているか考えていること自体、面白い」。初個展は傘をモチーフに。4色の版を重ねる写真製版でリアルにした柄の部分と、少ない版数でフラットにした模様の部分を組み合わせたシルクスクリーン作品だった。

 何かがひっかかる。ぎこちない。最小限の手がかりが、無意識につじつまを合わせ補正する人間の認識のスキを突く。「大勢の人が歩いてくる風景も、その中に知っている人がいれば突出して見えたりする。距離があったものを少し前に持ってくることができれば。輪郭線はその導入の仕掛け」。鑑賞者は自分が本当は何を見ているのか、何を選択して見ているのか、意識的にさせられる。

「2と3のあいだ(祖母の家)」  2018年
「2と3のあいだ(祖母の家)」  2018年

 大学で日本画を学ぶつもりだったが、版画を選んだ。「工程の多い日本画より、作業しながら考えが整理していける版画の方が向いていた。版画の平面的なところが好き」。瀬戸内・直島で見たジェームズ・タレルの作品に、自身の関心のありかを気付かされた。四角い青い壁に見えたものが、近づくと中に入ることができ、どんどん奥へ進める。「途中で係員に止められるので、先はどこまで続いているか分からない。フラットだけど、奥行きがあって、2次元であり3次元でもあった」

 今年は飛躍の年だ。新鋭平面作家の登竜門「VOCA展」で奨励賞を受賞。祖母が住んでいた家をテーマに、記憶の中で祖母が手にしたものを線で縁取り、祖母の姿をかたどり、次元と時間を交錯させた。8月1日から愛知県内で始まる「あいちトリエンナーレ2019」の参加作家にも抜てきされた。「美術って崇高なものと思っていたけど、その辺に落ちている石がすごい価値にもなり得る。そんな感覚で作っていきたい」。次元をまたぐ1本の線は、世界の見え方を新しくしていく。

いしば・あやこ

 1991年、兵庫県出身。京都嵯峨芸術大(現・嵯峨美術大)卒業、愛知県立芸術大大学院油画・版画領域修了。「VOCA展2019」VOCA奨励賞。「あいちトリエンナーレ2019」に参加予定。現在、愛知県立芸術大で教員研究指導員を務める。

【2019年06月22日掲載】