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刺繍作家 宮田彩加さん

揺らぎが生む新たな魅力

エラー包み進化する命、糸に込め

自宅から近い植物園はよく訪れる。「モチーフを探したり、鮮やかな花の色を求めたり、気分転換したりします」(京都市左京区・京都府立植物園温室)
自宅から近い植物園はよく訪れる。「モチーフを探したり、鮮やかな花の色を求めたり、気分転換したりします」(京都市左京区・京都府立植物園温室)

 刺繍(ししゅう)で作られた獣の胴体が残像を引くように伸びる。絵画のようなヒグマの刺繍から抜け出た複数の糸は、手前の床面にサケのイメージを作り出す。宮田彩加が操るのは糸と針だ。ミシンを用いた独創的な手法で現れた動植物たちは、不可思議な生命のありようを表象する。重なる糸の厚み、色彩の階調、陰影、質感がそれを際立たせる。

 大学院時代、刺繍の可能性を求めてコンピューターミシンを使った。「今のミシンはすごく賢いけど、誰が縫っても同じクオリティーになる。きれいに仕上げるロボットの逆のことをしよう」。プログラムに意図的にバグを組み込んだ。データに空白を作ると、一定に縫う針目が飛ぶ。像の一部をワープするように引き伸ばす「WARP(ワープ)」シリーズは、予定調和を崩し、揺らぎを生んだ。針目を極限まで細かく密集させる「Knots(ノッツ)」シリーズでは、“だま”になった糸自体が支持体に。布のサイズに影響されない大作へ、2次元から3次元へ、インスタレーションも可能になった。いずれもエラーが生みだした新たな魅力だ。

「呼応するパターン-サケに情け」 2015年
「呼応するパターン-サケに情け」 2015年
撮影・中川浩之

 祖母や伯母、母たちはパッチワークや刺繍、網かごを作って、いつも手を動かしていた。幼いころから糸や布は身近な存在だ。「親から糸みたいにDNAでつながっている。だから今も、制作は生活の一部。呼吸している感覚です」

 祖母が集める大量の輸入物の古布の生地には奇妙な形の葉、大ぶりな花弁、見たこともない西洋の植物があしらわれていた。その布にトカゲの刺繍を施したのが、大学卒業制作展の出品作だ。ギザギザした葉の模様で埋め尽くされた布の中に、擬態するようにトカゲが潜む。「柄から幻覚みたいに一瞬見えた。それを手刺繍でなぞった」。トカゲは背景に同化しながら、身体の一部の色彩はギラギラした野性を隠しきれない。

「交わるいと 『あいだ』をひらく術として」展示風景(広島市現代美術館)「VISION」(左)2016年 「MRISM20110908」(右)2016~2017年
「交わるいと 『あいだ』をひらく術として」展示風景
(広島市現代美術館)
「VISION」(左)2016年
「MRI SM20110908」(右)2016~2017年
撮影・大西正一

 モチーフは動植物、人体、細胞の断面や形状。「家にあった植物や生物の図鑑を読むのが好きだった。だから技法は母方から、モチーフは両親からの遺伝」と笑う。自分の中にあるのに直接目視できない人体への関心は、脳のMRI画像を題材にした作品につながる。自分の脳の輪切り画像にサーモグラフィー状の色彩を施した。最も近く最も遠い脳の内部は「ある意味で自画像」だ。一方、ドイツの博物学者エルンスト・ヘッケルの精細な生物画を基にした作品は、完全な対称をバグでずらす。「葉脈は刺繍みたいだし、刺繍の行為は細胞の増殖に似ている。生物の進化も遺伝子の一種のバグ。突然変異ですよね」。エラーも包摂しつつ進化する生命の力強さは、情報化社会、自身の創作に通じる。

 「刺繍に疲れた」時期があった。ゼンタングル(単純なパターンを続ける描法)で1本の線を気の赴くままに引いてみた。一度引いた線は消さない。線は次の模様を作る。これって結局刺繍と同じと気付いた。「刺繍は裏切らない。費やした時間だけ視覚化される。やっぱり刺繍が好きなんです」。失敗も成功も。遺伝子の螺旋(らせん)のように、あざなえる縄のように、作家人生を紡いでいく。

みやた・さやか

 1985年、京都生まれ。京都造形芸術大大学院芸術表現専攻染織領域修了。2014年京展賞。17年府新鋭選抜展優秀賞。広島市現代美術館「交わるいと」展(3月4日まで)に出品している。3月7~11日、ニューヨークで個展、7月にCOHJU Contemporary(京都市中京区)で個展を予定する。

【2018年02月24日掲載】