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[17]脳の理解に向けたテクノロジー

立命館大情報理工学部教授 北野勝則氏
ニューロンの活動をコンピューターで再現するシミュレーターの画面
ニューロンの活動をコンピューターで再現するシミュレーターの画面

 今ちまたをにぎわしている人工知能は、脳における情報処理の仕組みにヒントを得たものですが、最新の脳研究の知見に基づいているわけではなく、その基本的な仕組みは、解釈にもよりますが、1940年代に提案されていたものです。脳そのものについても、その後随分と理解が進んでおり、もし最新の脳科学の知見に基づいた人工知能を作ることができれば、また違ったものになっている可能性があります。

 これまでにも理解が進んだとは言え、脳の全容を明らかにするにはまだ多くの時間が必要になると考えられます。なぜなら、記憶や学習、認識、運動生成などの脳の機能は、千億個ものニューロンと呼ばれる脳の細胞が複雑なネットワークを作り、そのネットワーク上でニューロンが作り出す電気信号(活動電位と呼ばれます)が行き交うことにより実現されているためです。その途方もなく複雑な現象から動作原理を解明するには、多くの高度な技術、特に情報技術の応用と発展が不可欠になっています。

ニューロン活動再現 莫大な計算量

 情報技術の発展が鍵を握る、世界的規模の脳研究プロジェクトが進行しています。その一つは米国のプロジェクトである「BRAIN Initiative」と呼ばれるものです。このプロジェクトの目標の一つに、脳回路の配線を明らかにすることがあります。ニューロン同士といったミクロなレベルや、視覚野と運動野といった全脳レベルの脳回路の構造を理解することを目指しています。これには、細胞を染色する技術や、脳活動に伴う物質の流れを可視化する生化学的な技術が必要です。莫大(ばくだい)な数のニューロンが存在することから、これらは膨大なデータになるため、どことどこがつながっているか否かを判別することをヒトの目で行うのは事実上不可能です。したがって、「見える化」を行うだけでなく、自動的、かつ、正確に判定する解析技術が必要になり、画像処理を応用したデータ解析方法を確立する必要が出て来ています。

 もう一つは、欧州のプロジェクトである「Human Brain Project」と呼ばれるものです。こちらは、全脳レベルのシミュレーションモデルを作成し、コンピューターで脳活動のシミュレーションを実施することを目指しています。いわば、コンピューターの中に仮想的な脳を作り出すことです。コンピューターでは0と1により全ての情報が表現されるように、ニューロンが作り出す活動電位は、脳において情報を表現する言語のようなものです。この活動電位が生成される仕組みは、数式で表すことができるので、コンピューターで計算することができます。一つのニューロンだけでなく、多数のニューロンの回路=脳の一部をコンピューター上で再現することは原理的には可能です。しかし、脳全体でなく、その一部だけでも莫大な計算量が必要になるので、大規模な計算を高速に実行するためのソフトウエア技術が必要となります。あるいは、脳シミュレーションに特化したハードウエアを設計する必要があるかもしれません。

 わが国においても、全脳とまではいきませんが、理化学研究所のスーパーコンピューター「京」を用いて、様々な脳部位のシミュレーションを行うプロジェクトが進行しています。このように、脳研究によってもたらされた知見が、最先端の情報技術である人工知能にいかされているように、脳そのものをさらに理解するためには、様々な最先端の情報技術が必要となってきています。

きたの・かつのり

 1971年生まれ。2000年京都大大学院情報学研究科修了。京都大学博士(情報学)。日本学術振興会特別研究員などを経て、03年より立命館大理工学部、および、04年より立命館大情報理工学部助教授、11年より同学部教授。

【2018年08月22日掲載】