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中小製造の結束に奔走

MDプレス工業社長 川端政子さん
MDプレス工業社長 川端政子さん
MDプレス工業社長 川端政子さん

 ガシャコン、ガシャコン。

 プレス機の音が響く木津川沿いの町工場に、「ただいま」と帰ってきた。帰社は2週間ぶりだ。「朝は仙台にいた。明日は島根です」。自社に滞在するのは月4日ほど。残りは列島各地を飛び回る。

 金属プレス加工会社の社長になり、2年と少し。その経緯は、話せば長い。

 社会人の第一歩は、パートだった。20歳で勤めた先は、大阪の小さな金属加工会社の事務職。実家に近いのが決め手だった。すぐに素質を見込まれ、24歳で営業課長を任された。だが、業界は強烈な男社会。「努力し、やる気のある人が認められる会社にしたい」。身に染みて感じた課題が、起業の原点となった。

 その後も28歳で営業統括、34歳で東京営業所長とスピード出世。時を同じくし、大手製造業が次々に生産拠点を中国に移した。ものづくりの地殻変動の影響は大きく、激しいコスト競争にさらされた。

 「企業が地域を越えて連携すれば、きっと変わる」。営業で年200社を回り、考えが固まった。35歳で退職し、東京でコンサルティング会社を設立。各地の経営者と出会うたびに思いを伝え、2011年9月、全国の中小製造業の団体が連携、交流する「モノヅクリンクネット」が発足。会長に就いた。現在13都府県の17団体が参加する。

 パートから社長、そして全国組織のトップへ。絵に描いたようなキャリアは、人を引き付ける情熱と60歳までの明確な人生設計のたまものだ。本職は「整理・整頓・清掃」の3S講師だが、口コミでさまざまな仕事が舞い込む。

 大阪のプレス会社の経営を請われ、組織構築と若い世代に継ぐ「つなぎ社長」を17年に引き受けた。当初は自分を含め3人。じっくり面談し、信頼関係を築くことから始めた。かつての営業人脈で大手メーカーから仕事を受注し、昨夏に木津川市に移転した。従業員はパートを含め、10人に増えた。「一人一人と向き合い、仕事に対する考え方を教えれば人格は育つもの。今は私がいなくても組織が回るようになった」。次なる転身目標は50歳。一直線の歩みは当分、止まりそうにない。

かわばた・まさこ 大阪樟蔭女子短期大卒。大阪の金属加工会社に15年勤め、2010年に東京で企業連携支援の会社を起業。11年に製造業団体の全国ネットワーク「モノヅクリンクネット」を設立、会長に就任。17年に経営を頼まれた「MDプレス工業」社長に就き、18年に本社を木津川市に移転した。大阪府大東市出身、東京都在住。43歳。

【2019年04月28日掲載】