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画家 金子國義さん

粋で高等、エロスの街
店内のデザインを手掛けたダイニングバー「紅蝙蝠」には自らの作品を展示している。「夜の美術館として上質の時間を楽しんでほしい」(京都市下京区)
店内のデザインを手掛けたダイニングバー「紅蝙蝠」には自らの作品を展示している。「夜の美術館として上質の時間を楽しんでほしい」(京都市下京区)
 画家の金子國義さん(77)が初めて京都を訪れたのは10代の頃。師事する歌舞伎舞台美術家の故長坂元弘に連れられて来た。そこで見たもの口にしたものが美意識に大きく影響したと振り返る。
 「18歳だった。長坂さんは『一番高級な所を見ろ、食べろ』が口癖で。桂離宮や金閣寺、瓢亭などに連れて行っていただいた。そういう所は入り口からして雰囲気やしつらえの感覚が抜群。これが最高級だと思った。
 長坂さんは礼儀作法に厳しくてこちらはいつも緊張していて、『これはいいよ』って着物などを見せてもらって『はいっ』って何でも吸収しようと必死。だから若いうちにぜいたくを覚えちゃったけれど。そうしているうちにディスコブームが来て、元来踊りが好きだったのでそっちにはまって疎遠になってしまったけれど、今でもあれが原点だと思う」

 やがて油絵の世界で独自の道を歩む。そして作家で翻訳家の澁澤龍彦との出会いが活動の場を広げる。
 「あれは1965年だったと思う。友人が僕のアパートに連れて来て、壁にある僕の作品を見てくれた。澁澤さんは一番尊敬している先生だったから、褒められて有頂天になった。その日に訳書の挿絵を依頼され、その仕事が個展へとつながった。海に行った帰りに鎌倉の先生の自宅に遊びに行ったり、先生と奥さんと一緒に京都旅行をしたりしたけれど、高級な人というのはどこか怖い。持参したお土産が気に入らないと『ダメだね』の一言。センスがいつも問われている。今思えば、そのことで自分が磨かれたんだろうね」

花街通い美意識高め

若い頃に長坂さんとともに仕事で訪れた南座。「鴨川越しに見る景色がにぎにぎしくて美しい」(東山区)
若い頃に長坂さんとともに仕事で訪れた南座。「鴨川越しに見る景色がにぎにぎしくて美しい」(東山区)
 交友は、ジョルジュ・バタイユなどフランス現代文学の翻訳で知られた故生田耕作・京都大名誉教授や作家の三島由紀夫に広がっていく。
 「生田先生には京都で夜の街に何度も連れて行ってもらった。僕が暗記している新派のせりふを会話に挟むので喜んでくれて、ある時、お茶屋で色紙に『國義命』と書いてくれた。今でも宝物として大事にしている。京都にはきらめくような思い出がいっぱい詰まっている。
 三島さんに最後に会ったのは彼が市ケ谷駐屯地で自決する3日ぐらい前。帝国ホテルのパーティーで会った。僕はおしゃれが好きでその時はかわいい格好をしていて、三島さんが『君はピーターパンみたいだね』って言って、すし屋に誘ってくれた。もちろん自決のことはおくびにも出さなかったけれど、『今までずっと探していた青年が一人あったよ』と言った。自決を知って、青年は(三島と一緒に自決した盾の会メンバーの)森田必勝だと思った。三島さんは彼と心中したんだと受け止めた」

 2009年、自ら監修した京料理店「紅蝙蝠(べにこうもり)」を東山区で開いた。現在は下京区の四条室町に移転し、年に何度も訪れるという。
 「京都は粋で高等。そして花街にエロス的世界を感じる。花柳界がまだ生きている。人間が生きている場所という感じがある。だから、京都に来たら必ず花街に行く。親友の舞妓ちゃんもいるし。彼女たちは着物で勝負している。細かい所にきらりと光るセンスを感じさせる」

 今は東京に住んでいるが、京都に移り住もうと考えている。
 「東京は建物がめまぐるしく変わりますからね。パリもやっぱり変化している。西洋の油絵に長年取り組んできたが、僕の原点は若い頃に親しんだ常磐津や長坂さんの元で修行した歌舞伎など日本文化にあるから、人生の最後を過ごすのは京都しかないとなる。
 古い街並みが素晴らしい。時々、とんでもないビルが建っていると残念で仕方ない。新しい、ぼんやりしたものができちゃうとがっくりきちゃう。昔の人は感性があったなあと、つくづく思う。絵画と街のエロスは通じるものがある。才気あふれる文人たちを魅了してやまなかった京都をいつまでも保っていてほしい」

かねこ・くによし

「京都の街に今もきらめく美意識が僕を引き寄せる」
「京都の街に今もきらめく美意識が僕を引き寄せる」
 1936年埼玉県生まれ。日本大芸術学部デザイン科在学中に歌舞伎舞台美術家の長坂元弘氏に師事。60年代に独学で油絵を始め、作家澁澤龍彦と知り合う。67年に銀座で初の個展「花咲く乙女たち」を開催。74年にイタリア・オリベッティ社から絵本「不思議の国のアリス」を出版し、その後も生田耕作の訳本の挿絵・装丁や雑誌「ユリイカ」の表紙画を担当した。現在は着物のデザインや写真など幅広く活動している。

【2013年10月19日掲載】