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鎌田由美子氏 絨毯がつなぐ祇園祭と世界

鎌田由美子氏 かまだ・ゆみこ 1979年生まれ。専門はイスラーム美術史。メトロポリタン美術館などを経て2017年から現職。『インド文化事典』の祇園祭関連項目も執筆。日本学士院学術奨励賞受賞。


 祇園祭の山鉾を飾るさまざまな織物や絨毯(じゅうたん)。日本のものもあれば、中国や韓国、遠くはヨーロッパやインド、ペルシアのものもある。
 今年1150年目を迎える祇園祭では古来、その山鉾を内外の貴重な染織品で飾ってきた。なかには日本にのみ現存する18世紀インドのメダイヨン文絨毯もあり、「幻の絨毯」として紹介されることが多い。
 江戸時代の日本は、海外との貿易が制限されていた。そのなかで、なぜ京都の商人は世界各地の染織品を集めることができたのか。そもそも「幻の絨毯」とされるインド絨毯は本来、どのようなものだったのか。
 拙著『絨毯が結ぶ世界―京都祇園祭インド絨毯への道』(名古屋大出版会)に詳しく述べたように、「幻の絨毯」とされるタイプの絨毯は、実はオランダ東インド会社が貿易用に南インドで織らせたもので、17~18世紀のオランダ絵画にもよく描かれている。
 オランダをはじめとするヨーロッパでは、それらはテーブル掛けなどとして使われ、擦(す)り切れると処分された。一方、羊毛の絨毯を用いる習慣がなかった日本では、外国の絨毯はとりわけ貴重だった。それらには、異国の華やかなデザインが、目にしたこともないほど鮮やかな赤地に表されており、当時の日本人がこうした絨毯にひきつけられたことは想像に難くない。
 実際、ペルシアやインドの絨毯は17世紀前半以降、オランダ東インド会社から、徳川将軍や高官への贈り物として用いられた。よほど気に入ったのだろう、彼らはオランダ人に絨毯を注文することもあった。18世紀以降には、長崎の役人もオランダ人に絨毯を注文した。19世紀になるとオランダ人たちは江戸参府で宿泊するオランダ宿や、長崎の役人にも絨毯を贈るようになる。
 贈り物、注文品のほか私貿易品、密貿易品としてもたらされたペルシアやインドの絨毯の一部は転売され、越後屋などの特定の商人や人物を通じて国内を流通した。高価であったに違いない絨毯を入手できたのは、当時もっとも経済力のあった京都の豪商たちであり、彼らこそ、京都祇園祭の担い手であった。
 海外の絨毯で山鉾を飾ることで、豪商たちは自らの経済力と、取り合わせの妙に見られる文化的な洗練を誇示することができた。今も山鉾を飾るインドやペルシアの絨毯は、当時の日本がグローバルな物流に取り込まれていたことを明示している。

(慶応大准教授)

[京都新聞 2019年07月19日掲載]