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仙海義之氏 東西数寄者の審美眼、一堂に

仙海義之氏 せんかい・よしゆき 1962年生まれ。仏教絵画史。東京芸術大美術学部非常勤講師、香雪美術館学芸員などを経て、2012年から逸翁美術館へ。18年7月から館長。阪急文化財団理事。


 大阪府池田市の逸翁(いつおう)美術館では、先日まで特別展「東西数寄者(すきしゃ)の審美眼―阪急・小林一三と東急・五島慶太のコレクション」を開いた。現在は、東京都世田谷区の五島美術館で開催されている(12月9日まで)。
 阪急電鉄の創始者小林一三(雅号「逸翁」、1873~1957年)は、関西圏を中心に鉄道・百貨店・宝塚歌劇と現在まで続く事業を拡(ひろ)げた。小林一三の勧めで鉄道事業の世界に入った五島慶太(雅号「古経楼(こきょうろう)」、1882~1959年)は、首都圏で東急グループの基礎を築き上げるなど、2人は鉄道事業を基盤とする多様なビジネスを展開して豊かな現代社会の創出に寄与した。
 また東宝や東映などから映画や野球の文化事業にも取り組み、まるで「東西」で競い合うかのように人々の生活を彩る仕事に熱意を傾けた。
 その傍らで互いに「数寄者」として茶の湯の交流を楽しみ、優れた文化財を含む美術工芸品のコレクションを成した。その収集品は逸翁美術館と五島美術館とに収められ、両館が開催する展覧会などの機会を通じて高い評価を受けている。
 この展示では両館の美術工芸品を50点ずつ出品し、全100点の陳列から、両人が事業経営の合間に心の安らぎとした「美」の世界を紹介した。同じ時代を生きた小林一三と五島慶太のビジネスマン2人は、その事業に対する舵(かじ)取りと同様、他に依(よ)らず自ら選ぶ意識の高い文化人であったことが互いのコレクションを通じて示された。
 展示室の一隅には、逸翁美術館の「豊臣秀吉像画稿」(重要文化財)を陳列し、その左右に五島美術館(大東急記念文庫)の秀吉筆・北政所「ねね」宛の手紙と同筆淀殿「ちゃちゃ」宛の手紙(いずれも掛け軸装)を掛け下げた。すると、2人の女性に挟まれて、何となく秀吉像が普段より小さく縮こまっているように見えた。
 それでも秀吉が2人に宛てたそれぞれの手紙の文言を読んでみると、「ねね」に対しては互いに共通の趣味としていた「能」の修練を重ねている様子を語り、一方「ちゃちゃ」には一粒種「捨松」の健やかな成長を願っている。各人が大切に思うものを取り上げて言葉を尽くしている様に、さすが天下人たる秀吉ならではの細かな気遣いが感じられた。
 両館のコレクションが伝えた作品の出会いによって、秀吉の人柄がうかがえる興味深い陳列が行えたことは、美術館員としての小さな喜びである。

(逸翁美術館館長)

[京都新聞 2018年11月16日掲載]