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松尾瑞穂氏 インドの寺院は誰のものか

松尾瑞穂氏 まつお・みずほ 1976年生まれ。文化人類学。新潟国際情報大などを経て現職。著書に「インドにおける代理出産の文化論」「ジェンダーとリプロダクションの人類学」ほか。


 インドは多宗教社会である。いったいどれほどの寺院があるのか見当もつかないが、一説ではヒンドゥー寺院だけで200万を超えるといわれている。
 インドには、宗教施設を管轄する省庁はなく、正確な実態は分からない。寺院は各州で定められた公益信託法に基づき、公益団体として登録されると、所得税が免除されることになっている。19世紀のイギリス植民期以降、インドの寺院は大きな変化の波にさらされ続けている。
 この3月に上梓(じょうし)した論集『聖地のポリティクス』(杉本良男・松尾瑞穂編、風響社)でも論じているように、その変化のキーワードのひとつが、「公共化」というものだ。
 近代以降、インド全国で寺院をめぐる裁判が噴出している。私が調査している西インドのある寺院では、18世紀に当時のヒンドゥー王権から寄進された土地や権益の所有や相続をめぐって、1970年代以降、寺院を管理する一族と地域社会とで軋轢(あつれき)が生じ、複数の訴訟が起こされてきた。
 現在では、立候補によって選出された委員で構成されるトラストが、直接的な寺院運営に携わるようになり、特定の一族や集団による占有はもはやかなわない。さらに、その委員数を増やし、かつ2枠を女性に割り当てるべきだとの裁判が起こされ、目下係争中である。
 女性の参画も、公共化において重要な争点となっている。この数年、大きな話題となってきたのが、ケーララ州にあるシャブリマラ寺院の女人禁制をめぐる問題であった。
 この寺院は、長らく10歳から50歳までの女性の参拝を許可してこなかった。これは、月経をケガレとするヒンドゥーの伝統的観念をもとに、生殖年齢にある女性を寺院から排除してきたことを意味している。
 そんな規則に異議を申し立てた女性活動家らは、宗教施設からの女性の排除は「信仰の自由」を保証する憲法違反であり、人権侵害であると訴えた。それに対して、寺院側は、寺院は私的な財産であり、女性の強制参拝は、私有地への無断侵入にあたると訴えた。
 最高裁まで争われた裁判の判決は、寺院にすべての年代の女性の参拝を認めることを求める、原告側の全面勝利となった。ここでの根拠は、宗教施設はおしなべて「公共に属する」のであり、特定集団の私的所有権を認めないということである。
 インドのヒンドゥー寺院が直面する問題は、インドに限らず、近代の世俗社会における宗教施設の社会的位置づけについて広く問うているといえるだろう。

(国立民族学博物館准教授)

[京都新聞 2019年08月16日掲載]