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園田英弘氏 世界に冠たる「電気風呂都市」
そのだ・ひでひろ 1947年、福岡県生まれ。京都大教育学部卒、東京大大学院修了。人間科学博士。専門は社会史、比較社会学。著書に『西洋化の構造 黒船・武士・国家』ほか。

 二十年近く、京都の南郊の住宅地に住み続けていたが、数カ月前から街中にも生活拠点を構えることになった。たんに職場のある都市空間ではなく、生活の場としての京都を見てみると、いろいろな「発見」がある。学生のころと同じ視線で見た京都はどんなところか、その魅力とは何かを考えてみたい。
 京都はつくづく、変化が少ない街だ。この原稿は、近所の小さな喫茶店で書いているが、客はほとんどが常連のようだ。建物の外観は少しモダンになったかもしれないが、社会生活の型は変わっていない。大げさに言えば、地域の親密さを保つ仕掛けが、いまだ健全なのだ。郊外で、車で移動する生活をしてきたので、このことは特に新鮮に見える。生活のほとんどが歩いて済ませることができるのには感動ものだ。老齢化社会が迫り来る現在では、京都は時代の最先端をいっている都市であるとも言えるだろう。
 地域の拠点でありながらも、明らかに変わったものに、風呂屋がある。東京の風呂屋と比べると、京都の風呂屋はこぢんまりとしていて、すっぽりと街中に溶け込んでいる。このことは、変わらないが、設備は驚くほど近代化された。家から三分ほどのところに、気に入った風呂屋を見つけた。昔は身体を清潔に保つのが主目的だったが、いまはかなりの部分がリラックスのための施設だ。開業時間も、昔より早くなっている。これも、客層が変わったせいだろう。郊外のスーパー銭湯と比べても、そんなに遜色(そんしょく)がない設備が、たった三百七十円で楽しめる。あわ風呂もサウナも薬風呂もあるが、いま私がはまっているのが、電気風呂だ。
 この風呂屋の電気風呂は強烈だ。はじめに入ったときは、身体が動けなくなるようなショックを受けた。つい最近まで、市内に下宿していた息子の情報では、かなりの風呂屋に電気風呂があるという。この、奇妙な仕掛けは、戦後の日本で生まれたらしい。電流・裸・湯という三者を結びつけるという一見危険な発明は、どのようにして生まれたのだろう。先日、関東に住む兄が京都に遊びに来たので、この風呂屋に連れて行ったら、驚いていた。大学で電気工学を勉強し、電気工事関係の会社を経営している彼は、「一〇アンペア以上の電力が体を流れると人は死ぬ」と恐々としながら、入浴。結果は、強烈な電気ショックのおかげで、腰痛が嘘(うそ)のように治ったと、喜んでいた。
 東京には、あまり電気風呂は見かけない。インターネットで調べても、銀座のある中央区にはわずか四軒。千代田区には電気風呂のある風呂屋(東京では銭湯と言うが)がわずか一軒しかない。私が愛用している東京駅地下の東京温泉にも、ない。人口一人当たりの風呂屋の数は、京都は圧倒的に多く、電気風呂のある率は七割以上あると思われる。京都は日本のみならず、世界に冠たる「電気風呂都市」ではなかろうか。京都のこのようなしなやかな変身の技を自信に思い、洛中生活を楽しみたいものだ。
(国際日本文化研究センター教授)

[京都新聞 2006年07月16日掲載]