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片山一道氏 人骨が語る 往時の寿命
かたやま・かずみち 1945年、広島県生まれ。京都大卒。専門は先史人類学。著書に『古人骨は生きている』『ポリネシア』『考える足』ほか。大同生命地域研究奨励賞。

 長い間、人類学に関係する研究と教育をなりわいとしてきたが、ようやく去年、京大を卒業した。つまり定年退職を迎えたのである。もちろん人生に定年などないので、なにもかもが一変したわけではない。いくつかの大学で非常勤講師を勤めながらも、身近なところで身の丈にあった研究活動を継続中である。
 これまで血道をあげてきたのは、ひとつは南太平洋のポリネシア人に関する研究。なぜゆえに彼らは巨人なのか、お相撲さん型の肥満になりやすいのか、などの謎に挑んできた。もうひとつは考古学の遺跡で発掘される古人骨の研究。昔の人々の人物像を復元するためである。過去の人々、たとえば縄文人の顔立ちや体形などがわかるのは、彼らの骨が見つかればこその話。たとえ精巧な土偶があろうが、当時の人々の実像を描くことなどできない。
 大がかりな現地調査をする前者のほうは、もはや、そんな体力などないから、あきらめるほかない。でも古人骨研究のほうは、たいそうな研究用具はいらないから、昔取った杵柄(きねづか)、喧嘩(けんか)の場数を生かし、いまなお現役を続ける。
 閑話休題。ほやほやの研究成果を紹介しよう。
 京都の伏見で江戸時代の古寺が発掘され、約630人分もの大量の人骨が発見されたのは数年前のこと。爾(じ)来、この貴重な人骨資料を調査してきたが、今年は、その締めくくり。京町民の生命表を作成するとともに、出生児平均余命(いわゆる寿命)を試算しようともくろんだ。
 もとより生存中は骨も齢(よわい)を重ねるから、各人骨について、死亡年齢が推定できる。男女の骨格は微妙にちがうので、成人の骨ならば、性別判定ができる。かくして、年齢区分ごとの死亡者数の動態が分析できるわけだ。
 さて江戸時代人の平均余命だが、約40歳と推定できた。いかにも若すぎると思われる向きもあろうが、往時には実は、これくらいが相場であった。子供、ことに乳幼児の死亡率が非常に高いため、平均値が大幅に引き下げられるのだ。でも誰もが若死にしたわけではなく、長寿を全うする人も少なくはなかった。
 げに、生命維持医療の医学が超進歩したおかげで、すくなくとも先進諸国では、誰もが長寿を享受できる時世となった。そんなことを古人骨は語るのだ。
(京都大名誉教授)

[京都新聞 2010年04月18日掲載]