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高木博志氏 地域の文化財は地域のもの
高木博志氏 たかぎ・ひろし 1959年、大阪府吹田市生まれ。立命館大大学院修了。2012年から現職。著作などに「現地保存の歴史と課題」「近代天皇制の文化史的研究」「近代天皇制と古都」。

 2010年春にエジプトを中心にギリシャ、アジア、アフリカの諸国が共同で、大英博物館やドイツ新博物館などへ、パルテノンマーブル、ネフェルティティ胸像などを返還要求した。翌年にはアメリカのエール大学から、ペルーの首都リマではなく、マチュピチュに近い現地クスコへの文化財の返還が始まった。しかし大英博物館などは、あらゆる地域、時代の優れた文化財を集め比較する利点や文化財が持つ国境を越えた普遍性を主張し、返還に応じない。
 国内に目を転じると、明治維新以来、皇室・大名・実業家の東京移住や、東京帝室博物館(東博)・宮内省・東京帝国大学などの設置により、文化財が地方から東京に集中してきた。たとえば東博でいえば、法隆寺献納宝物や平治物語絵巻、岡山の餓鬼草子などの国宝級の美術品を地方から集めてきた。1881年に野洲市の大岩山では国内最大約135センチの銅鐸をはじめ14個が発見されたが、東博や海外などにすべて流出した。今日まで、大岩山に隣接する野洲市歴史民俗博物館の展示に、東博から銅鐸が貸し出されたことはない。
 文化財の略奪は単なるモノの移動ではなく、その地域の文化を破壊するものだとアフリカの被害国は主張する。国内でも同じで、1960年代までは市町村の文化財担当の技師は少なく、保存・展示する施設もなく、丹後・丹波や近江から京都市内や東京に文化財が流出してきた。たとえば丹後・久美浜の函石浜の古墳や貝塚の遺物は、地域有志による画期的な織田考古館が大正初期に閉館した後、京都帝国大学に寄贈されたし、1960年代までに発見された丹後や若狭の古墳文化の優品は地元に残っていない。
 現在、京都府や滋賀県でも指定管理者制度や市町村の資料館の減少など、博物館をめぐる情勢は厳しい。世界的な文化財の現地保存の思想に学び、たとえば丹波郷土資料館を新設し、文化財の保存や地域文化の振興をはかれば、若者の雇用も増えるだろう。
 もし京都国立博物館所蔵の国宝の雪舟・天橋立図の本物が、天橋立を見下ろす京都府立丹後郷土資料館に所蔵(あるいは貸与)され、それにふさわしい施設を整えて定期的に展覧されたならば、室町時代に雪舟が天橋立を訪れて描いた、籠神社や成相寺とも一体になって、地域の文化、歴史への関心も高まり、地域の振興にも資するだろう。
(京都大人文科学研究所教授)

[京都新聞 2013年01月13日掲載]