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中村昌生氏 暮らしに日本の伝統技術を
中村昌生氏 なかむら・まさお 1927年生まれ。文化財保護審議会専門委員、桂離宮整備懇談会委員、池坊文化学院長など歴任。京都伝統建築技術協会理事長。近著に「和の佇まいを」。

 パリのギメ美術館構内に茶室を建てる時のことである。立礼席の案を送ったところ、「純粋な日本の茶室を」というジャルージュ館長の要請を頂いた。この時ふと思い出したのは「戦後流行した現代数寄屋は海外では評価されていない」という、現代建築の巨匠芦原義信氏の言葉である。外国からの日本建築に対する共通の視線を感じたからである。その視線は共に日本の伝統に注がれている。
 今の日本人の生活は伝統を離れようとしている。特に住宅において、暮らし方において伝統が軽んじられている。
 戦後、あの焦土にウサギ小屋と言われたバラックが建ち並んだ時代から、目ざましい復興を遂げた。外材や新工法の導入、新建材の生産などにより新興の住宅が急速に普及した。その間に住居は早く、安くという希望が定着し、さらに便利さ快適さが追求された。戦前の家にはない快い住空間が簡単に造れるようになった。当局の不燃化は功を奏したが、必ず死者が出る現実は無視されている。日本住宅の封建性を追放せよという叫びもあり、床の間無用論も広まった。あれこれ暮らしはすこぶる能率化、合理化された。
 こうした今日の住宅が新しい町はもちろん、古い町にも農村にも広がった。確かに国土の景観は変貌し、さらに拡大しつつある。外国人がこうした「日本の住宅はバラックだ」と評したと聞いた。列車の中から家並みを眺めると確かにそう見える。これが戦後の復興の道を走り続けてきた現況なのである。これだけ便利で快適な住居がバラックに見えるのはなぜであろう。
 久々利休の茶室待庵を訪れ、ふと考えた。簡素な素材で組み立てられた木と土と紙の小空間、これも外国人はバラックと言うのであろうか。恐らく言わないだろう。岡倉天心をしてギリシャのパルテノンに並ぶ高い芸術性をもつ、と言わしめた小建築である。便利で快適な住居がバラックに見えるのは、そこに日本の伝統の背骨が貫かれていないからである。
 日本人は昔から自然との共生を通じて、あらゆる生活の知恵を生みだしてきた。大気と共に呼吸し続ける家造りなのである。戦後の住宅復興は、そうした大工技術を放棄する道をたどってきた。世界に比類のない大工技術を活用することこそ、住居に日本の伝統が蘇生し、各地に日本の町並みや家並みをよみがえらせる道であると考えている。
(京都工芸繊維大名誉教授)

[京都新聞 2013年03月24日掲載]