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井波律子氏 花の変化、人の変身
井波律子氏 いなみ・りつこ 富山県生まれ。京都大大学院修了。国際日本文化研究センター教授を経て、同名誉教授。著書に「中国人物伝」「中国名言集」「中国名詩集」「論語入門」など。

 夏の終わりに豪雨に見舞われるなど、このところ不穏な気候がつづく。そのせいもあってか、わが家のベランダに並べた植木鉢群のうち、雲龍梅(うんりゅうばい)という枝が屈曲した白梅の木が急に枯れそうになった。原因不明なので、ともかく連れ合いが鉢の土を入れ換えたところ、やがて復活し、新しい枝がビュンビュン伸びはじめた。しかし、枝は以前のように屈曲せず、まっすぐになってしまった。元気でさえあれば、それでいいのだが、これで白梅変じて紅梅になったら、まさに突然変異だと思う。
 色が変わるといえば、私は紫陽花(あじさい)が好きで、何鉢も並べているが、今年の初夏、青の紫陽花がなぜかすべてピンクもしくは紅色に変わってしまった。家の紫陽花だけでなく、街のそこここに植えられている青い紫陽花にも、今年はピンク系に変色したものが多かった。これも気候の変化によるものかと思うと、不安になった。そこで、何としても青い紫陽花が見たいと思い、知り合いの花屋さんに頼んで探してもらい、見事な大輪の青い紫陽花を手に入れることができ、ようやく安堵(あんど)したのだった。
 こうして植物は時の流れや気候の変化に対して、敏感に反応あるいは適応して変わってゆくけれども、人がもっとも大きく変わるのは、人生の区切りともいうべき定年を迎えた時ではなかろうか。つい先日、長らくともに仕事をし、去年、定年になった編集者の某氏と会う機会があったが、見違えるほど顔色がよくなっており、驚いた。聞けば、住まいのある東京近郊の合唱団に入り、毎週、発声から本格的に練習をするので、心身ともに爽快になったとのこと。それにしても見事な変身ぶりである。そういえば、5年余り前、95歳で他界した母も、晩年、昔おぼえた清元をまた歌うようになってから、みるみる明るく元気になった。
 大きな声で歌うと、発散して爽やかな気分になれるかも知れないと思いつつ、私自身は定年になってからここ5年余り、もろもろの仕事が重なり、机の前に長時間、座る日々がつづき、歌う余力もないありさま。目が疲れているので、好きなミステリーも読めず、せいぜいテレビのサスペンスドラマを見て、気分転換するくらいだ。もう少ししてゆとりができたら、家の植木鉢群をじっくり眺め、たまには朗らかに歌ったりしながら、陶淵明(とうえんめい)のように「菊を采(と)る 東籬(とうり)の下(もと)、悠然として南山を見る」(「飲酒二十首」其(そ)の一)と、ゆったりした気分で、定年後の暮らしを楽しみたいと願うばかり。
(中国文学者)

[京都新聞 2014年09月19日掲載]