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森田玲氏 神事と神賑、祭りは誰のもの

森田玲氏 もりた・あきら 1976年生まれ。人類学者の秋道智彌氏らに学び、著書に「日本の祭と神賑」(創元社)。京都市芸術文化特別奨励者。14日夕刻に祇園祭・岩戸山での奉納舞台で篠笛を披露。


 ちまたには「祭」の文字があふれている。それでは、納涼祭や文化祭と、葵祭・祇園祭・時代祭とは同じものであろうか。否。「賑(にぎ)わい」の意味では共通するが、カミの存在の有無において、これらは区別される。日本人にとってカミとは、人知を超えた畏(おそ)れの対象すべてを指す。カミに供物や歌舞音曲を奉って、祈願や感謝を述べる行為が祭である。
 祭には神事と神賑(かみにぎわい)行事という二つの局面がある。概して、神職を中心とした厳粛な儀式が神事で、氏子総出の賑やかな歓楽行動が神賑行事である。例えば祇園祭では、八坂神社での儀式や神輿(みこし)の神幸が神事、鉾や山の巡行が神賑行事となる。ここで少し疑問が涌く。ホイット・ホイットと威勢良く舁(か)かれる神輿の方が、コンチキチンと雅に囃(はや)される山鉾よりも神賑的ではないか。そこで、ヒトの心が、カミへと向けられる場面を神事、ヒトとヒトとの交歓に向けられる場面を神賑行事とすると納得がいく。カミを奉る神輿は、その振る舞いの如何(いかん)にかかわらず神事となる。
 荒ぶる神輿の起源は疫病退散の御霊会(ごりょうえ)。京都では旧暦5月、6月の疫病が流行する時季に、その原因とされた怨霊や疫神(えきがみ)を集めて鎮め、神輿に乗せて水に流した。鎮魂術の名残であろう、カミの中でも悪霊の類の扱いは荒く、現在でも神輿を水火に投げ込んだり、地面にたたきつけたりする祭がある。怨霊は、繰り返し祀(まつ)られると地域を守る産土神(うぶすながみ)となり、神輿は御旅所に参る形式となる。現在の祇園祭はこの段階にある。
 祭を神事と神賑行事に分けて捉えると、二次元の絵が三次元の立体になるかのごとく祭の実像が立ち上がってくる。神賑は、多少暴走気味の方が魅力的で、その勢いが祭全体を牽引(けんいん)してきたことも事実であるが、カミなきイベント(賑行事)化は避けたい。祭(神賑)の休日開催の多くは、神事と神賑行事の日程の分離を意味する。日取りの変更は、それを十分に理解した上での判断が望まれる。祭は地域の発展の要であることは間違いないが、いま一度、問うてみたい。祭は誰のものか。ヒトのもの、と解釈できる部分が少なくない。ただし、われわれの世代だけのものではないはずである。過去から現在、そして未来への祭の継承には、神事と神賑とのバランス感覚が大切である。
 今年も祇園祭は、前祭(さきまつり)が7月17日で後祭(あとまつり)が24日。この両日に、素戔嗚尊(すさのおのみこと)をはじめ3基の神輿が氏地を巡って神社と御旅所の間を移動する。2014年には後祭の神賑行事が復活し、前祭に23基、後祭には10基の山鉾が出る。山鉾巡行とともに、夕刻からのカミの道行きにも注目してみてほしい。

(玲月流篠笛奏者)

[京都新聞 2016年07月08日掲載]