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東自由里氏 核とツーリズム、京で議論を

東自由里氏 ひがし・じゆり 専門は国際教育学。国際博物館会議ICMEMO(公共に対する犯罪犠牲者追悼のための記念博物館)国際委員会理事。立命館大教授を経て、2016年度から現職。


 1992年、30年もの間、極秘扱いされていた軍事機密が米国のある新聞記者によって暴露された。
 コード名は「プロジェクト・ギリシャ島」。核戦争に備え、米国連邦議会の全構成員、政府高官と関係者のみが使用できる地下核シェルターの存在だ。地下核シェルターは、ウェスト・バージニア州の高級リゾート地として知られるグリーンブライア地域のホテルの一角にあり、ホテル増築工事と称して建設された。
 千人は収容できる地下核シェルターには2カ月分の食料と水、除染設備、医療クリニック、テレビ局までも準備されていた。その存在は近隣住民には知らされていなかった。政府による施設の維持は96年に廃止となり、現在、一般公開されている。地上のホテルに宿泊していれば、3千円程度で1時間半ほどのツアーに参加できる。
 2014年、米国議会は、ワシントン州、ニューメキシコ州、テネシー州にあった3カ所の核兵器製造地区を「マンハッタン計画国立歴史公園」として保存することを承認した。米国内務省管轄下にある国立公園局が核兵器製造現場の歴史解説展示を準備し、米国エネルギー省が現場の安全と環境整備の管理をすることも昨年の秋に決まった。
 約60万人がマンハッタン計画遂行のため駆り出されたといわれている。広島、長崎への原爆投下直後、「アメリカを勝利へと導いた人々」として地元新聞にたたえられた。けれども60万人の思いは一様ではなく、実に複雑である。中には作業の過程で被爆した人や住み慣れた土地を奪われた人もいた。つまり、米国市民の中にも被爆者が存在し、マンハッタン計画を負の遺産として捉えている人々が存在するということだ。
 この春、オバマ大統領が広島を訪問した。これを被爆者との和解の象徴として捉える論調もあるが私はそうは思わない。広島と長崎の被爆者、そして米国内に存在する核兵器被害者、彼らの苦難の歴史に光をあて正面から向き合う作業がようやく始まろうとしている。その象徴だと私は考える。
 ツーリズムは平和産業ともいわれる。世界中から多くの観光客が広島平和公園を訪れるように、日本からも多くの観光客がマンハッタン計画国立歴史公園を訪れる日もさほど遠くない。
 京都も原爆投下の候補地だった。19年、国際博物館会議(ICOM)の総会が京都で開かれる。その場で広島、長崎、マンハッタン計画国立歴史公園の関係者たちのさらなる連携を促す必要がある。京都には、その橋渡し役を担ってほしい。

(京都外国語大教授)

[京都新聞 2016年08月05日掲載]