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秋道智彌氏  美味で高価な日本の昆虫食

秋道智彌氏 あきみち・ともや 1946年生まれ。生態人類学、海洋民族学。国立民族学博物館、総合地球環境学研究所の各教授などを歴任。著書に「食の冒険」(昭和堂)「魚と人の文明論」(臨川書店)など。


 小学生のころ、家の近くの御所でよく遊んだ。いまでも記憶するが、ある日、サクラの木かぶの上に一匹の美しい虫を見つけた。
 それはタマムシであった。宝石を見つけた興奮におそわれた。だが、それをつかまえずに逃がした。50年ほどのち、東南アジアのラオスで調査をした。そのさい、小さな町の市場で全身が光沢のある緑色のタマムシが売られていた。
 その色に魅(み)せられて思わず10匹ほど買った。ラオスではタマムシだけでなく、多くの種類の昆虫を食用とする。バッタ、コオロギ、タガメ、セミ、ザザムシ、フンコロガシ、ツムギアリなどがその一例である。
 ラオスやタイで昆虫は美味な食品とされている。種類や成虫と幼虫のちがいにもよるが、甘さ、脂濃さ、芳香に富み、食感もよいからだ。しかし、昆虫食に執着のない私は買ったタマムシを結局、全部逃がした。
 昆虫をふだん食べないので、ラオスの多様な昆虫食のありようはまさに異文化と私に映った。
 少年時代、セミやトンボの採集は食用ではなく、遊びのためであった。一方、世界には昆虫を日常の食とする地域がずいぶんとある。人口爆発で昆虫を将来の貴重なタンパク質源として利用すべきとのFAO(国際連合食糧農業機関)の報告もある。
 ラオスでは近代化で農業用のトラクターが導入され、労働時間が軽減された。その結果、農民はあまった時間を昆虫採集に費やし、現金収入を得ようとした。そのせいか、地方の市場で昆虫が多く売られるようになった。虫は食料であり、現金収入源でもあった。
 昆虫食は日本にもある。長野、岐阜、群馬、宮崎などの山間部では、いまでもハチ、ザザムシ、カイコなどが郷土食とされている。
 ただし、日本では食料難のためだけに昆虫が食されたわけではかならずしもない。美味で高価なグルメの対象としての意義もあった。
 10年ほど前、岐阜県の串原(恵那市)でおこなわれたヘボ(スズメバチ)の供養祭に参列した。私はハチにたいする供養の意味を特段、理解していたわけではなかった。しかし、現地でのスズメバチ供養は美味なハチを大量に消費したからではなかったか。供養祭のあとの夕食会に豪華なヘボ料理が出た。参加者はヘボに憐憫(れんびん)の思いをもって食べたのだろうか。
 一寸の虫にも五分の魂があるというが、人間が殺して食べる対象はあらゆる生き物に及んでいる。お盆も過ぎたが、日本人の生命観を、いま一度、振り返る機会としたい。

(人類学者)

[京都新聞 2018年08月31日掲載]