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服部英雄氏 文化財保護法70年、復元再考

服部英雄氏 はっとり・ひでお 1949年生まれ。文化庁文化財保護部記念物課調査官、九州大教授などを経て現職。『景観にさぐる中世』で角川源義賞、『河原ノ者・非人・秀吉』で毎日出版文化賞。


 法隆寺金堂の火災は1949年1月26日である。日本美術の代表であった壁画の消滅は、計り知れない損失であった。この悲劇を受けて、文化財保護法が議員立法で50年5月30日に公布され、今年で70年。火災の日は文化財防火デーに定められ、毎年放水の光景がニュースになる。
 しかし火災による文化財の損失は続き、50年7月2日には文化財保護法の施行(8月29日)を待たず、金閣すなわち鹿苑寺舎利殿を放火で失う。舎利殿は資料に基づき忠実に復元されたはずだが、焼失前の写真・絵はがきと比べると異なるイメージがあり、銀閣(慈照寺観音殿)に親近性を感じることがある。
 建立後まもなく金箔(ぱく)は失われただろうし、2層にも金箔があったのかどうかは議論があるらしい。足利義満が見た金閣にどこまで同じか、異なるのかは、検証も必要であろう。
 文化財損失の最大の原因は、戦争である。ヨーロッパでは遺跡上に忠実に旧状を再現する手法が一般的らしく、ナチスドイツに破壊されたワルシャワ旧市街は前の状態に忠実に再建され、破壊から復元された文化財として世界遺産に登録された。ロシア・サンクトペテルブルク市のエカテリーナ宮殿もナチスに宮殿の琥珀(こはく)がことごとく奪い去られ、破壊されたけれど、2003年に再建され、世界遺産登録された。
 現在、太平洋戦争時の空襲で消滅した名古屋城大天守・小天守の、木造による復元が計画されている。戦後に外観のみの不完全復元にとどまっていたコンクリート建造物を解体し、今度は木造で完全に復元しようというものである。
 文化財保護法によって特別史跡に指定されている場において、かつて国宝に指定されていた建物・天守を復元する。同じ夜に焼失した旧国宝であった本丸御殿はすでに木造で復元された。多数の写真と名古屋高等工業学校(現・名古屋工業大)が戦前に作成した実測図を根拠としており、精度が高い。建具の釘(くぎ)隠しに至っては、拓本が残されていた。
 現代技術での復元は難しいとまでいわれていた、精緻な細工が見事に再現されている。御殿の障壁画は疎開されて無事だった。想像や作り物ではなく、実物模写による襖(ふすま)絵や天井板絵は、おそらく徳川義直が見た絵に限りなく近い。天守もまた実測図、写真と復元資料が豊富である。
 愚かな戦争が破壊した文化財を、史実に基づき復元する。世界の趨勢(すうせい)はそれを高く評価する。世界遺産を管掌する国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、文化財(遺産)保護を通じて戦争のない平和な社会の実現を求めるし、わたしたちもそれを願う。

(くまもと文学・歴史館館長)

[京都新聞 2019年01月25日掲載]