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旧三井家下鴨別邸(京都市左京区)

財閥の粋、近代和風建築
旧三井家下鴨別邸
旧三井家下鴨別邸

 旧三井家下鴨別邸は賀茂川と高野川の合流点である鴨川デルタの北側、往時は糺の森の南端部に当たった地に位置します。現在は望楼をもつ「主屋(しゅおく)」、「玄関棟」そして「茶室」の3棟から構成され、敷地南側は瓢箪(ひょうたん)池を中心に庭園が広がります。この建物群は庭の景観や東山の眺望、5月には葵祭の行列、8月には五山の送り火まで望める絶好のロケーションにありますが、その歴史はかなり複雑な歩みを経ています。

 三井家は養蚕の神を祭る京都太秦の木嶋(このしま)神社を信仰し、その境内に三井家の先祖を祭る顕名(あきな)霊社を、また、東京にも社殿を設けました。

 1909(明治42)年には京都家庭裁判所を含めた約6千坪の広大な下鴨の敷地に社殿を建て、京都の顕名霊社を遷座しました。さらに22(大正11)年には、現在の裁判所の庁舎が建つ位置に霊殿を移築し、拝殿などの社殿を構える整備を行いました。

当初の姿に復原され、見学者でにぎわう旧三井家下鴨別邸(京都市左京区下鴨宮河町)
当初の姿に復原され、見学者でにぎわう旧三井家下鴨別邸(京都市左京区下鴨宮河町)

 この時、敷地南側に顕名霊社での祭祀(さいし)時の休憩所として設けたのが、現在の下鴨別邸の建物群です。この整備時に、鴨川に面した木屋町三条の地にあった、三井家の木屋町別邸を移築し主屋とし、その主屋に接続するかたちで玄関棟、屋敷地を買収する以前からあった建物の一部を改修したのが現在の茶室です。このような歴史をたどることから、それぞれの建物は建設年代が異なり、主屋は1880(明治13)年、玄関棟は1924(大正13)年の上棟、茶室は一番古く1868(慶応4)年頃の建物であることが分かっています。

 戦後の財閥解体を受けて、顕名霊社一帯の敷地は国有地となり、社殿群は散逸し、跡地には京都家庭裁判所の建物が建ち、下鴨別邸は裁判所長官舎としての道を歩むこととなりました。

修理前の旧三井家下鴨別邸(2013年2月) 修理後の旧三井家下鴨別邸。左の主屋は縁側のアルミサッシを撤去するなどして当初の姿に戻し、池にも水を引き入れた(16年9月)
修理前の旧三井家下鴨別邸(2013年2月) 修理後の旧三井家下鴨別邸。左の主屋は縁側のアルミサッシを撤去するなどして当初の姿に戻し、池にも水を引き入れた(16年9月)
=ともに京都府教委文化財保護課提供

 2007年に所長官舎としての役割を終え、一時は保存問題もありましたが、旧財閥の別邸建築の文化財的価値が認められ、11年には重要文化財に指定されました。13年には文部科学省の所管となり、同年から16年には管理団体である京都市から委託を受けて京都府が建物の保存修理事業を実施しました。また、庭園については京都府と京都市が整備を行ってきました。

 修理前の建物は屋根や壁など傷みも激しいうえに、主屋の1、2階の縁側には官舎時代にアルミサッシをはめ込み、管理しやすい状態になっていたものの、明治・大正時代の建物の面影は失われていました。また瓢箪池の水は完全に枯渇し、庭の景観も様変わりしていました。

瓦のふき替えなどが進む作業現場(2015年4月)
瓦のふき替えなどが進む作業現場(2015年4月)

 保存修理事業においては、桟瓦葺の屋根のふき替えや、壁の塗り替えなどを行うと同時に、顕名霊社が整備された1925(大正14)年を建物の復原年代と定めて、主屋のアルミサッシを撤去し、高欄の構えをもつ開放的な当初の姿に復原しました。また、庭園整備では池底を改修し、下鴨神社を流れる泉川の下流より取水し、常時池に水をため、滝に水を流し、往時の姿をよみがえらせました。そして2016年10月1日、公開を迎えることができました。

主屋2階からは池の眺望が楽しめる
主屋2階からは池の眺望が楽しめる

 現在整備された旧三井家下鴨別邸では大正時の顕名霊社の休憩所としての往時の姿を見ることができますが、残念なことに顕名霊社の社殿群はこの場所では見ることができません。ただ財閥解体によって散逸した社殿の一部は今もなお姿をとどめています。石橋や参道が家庭裁判所内に残り(非公開)、1952(昭和27)年に烏丸通沿いに移築された中門は、現在は平安女学院有栖館の表門となっています。また、明治42年の遷座時に造営された霊殿については移築を重ね、今は遠く福井市内中心部に位置する佐佳枝廼社(さかえのやしろ)の境内社である栄稲荷神社となっています。一方、東京の顕名霊社は、様々な変遷を経て、墨田区の三囲(みめぐり)神社内に現存しています。

 京都の新名所、旧三井家下鴨別邸を訪れ、建物や庭園を見ながら時を過ごすのもいいでしょうし、足を延ばして顕名霊社の痕跡をたどるのも下鴨別邸を理解する上で面白いかもしれません。
(京都府教育委員会文化財保護課建造物担当 引間俊彰)

【2018年6月20日付京都新聞夕刊掲載】