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(6)越境する通学バス

滋賀経由で全国目指す
「行ってきます」。葛川校の校舎前でスクールバスを降りる子どもたち(大津市葛川中村町)
 〈久多は、どんどん過疎化が進み廃校、ついには廃村へと進むことも予想されます。若者が久多にとどまれるように産業を誘致すること、(中略)平場=市街地=に家を借り二重生活をしている人が多いのだから、その人が戻る手だてを講じることが過疎から救う道であると思います〉(中学一年 上河原三津子)

26年前に休校

 一九七七年発行の「久多校百年誌」に掲載された作文。久多小・中学校の休校は四年後に現実となった。帰省していた三津子さん(四二)に会った。
 人口や田畑面積の推移も詳しいし、立派な調査ですね? 「先生と歩いて空き家を調べた記憶はあるんですけど…。あまり覚えてないんです」。隣にいた姉夫婦が「お父さんに書いてもらったんじゃないの?」とからかう。
 「三十年前は純粋に何かができると思ってたんでしょう。今では、産業を誘致する時期は過ぎたように思う。わたしもいつかは戻りたいけど」。久多に暮らす父の善さん(七七)は「車で一時間。子どもが親を置いて出て行けるのは都会に近すぎるからや」。遠いのか、近いのか。よく分からなくなってきた。
 今、保育園児から中学生まで久多の十六人の子どもたちは、大津市葛川に通う。夏休みの子どもたちに混じってスクールバスに乗った。ワゴン車は谷川沿いの道を東へ十五分走り、京都と滋賀の県境を越えた。安曇川のほとり、大津市立の「葛川校」は小・中併設の小規模校だ。久多の子どもは「区域外就学生」扱いだが全校児童の半数を占める。

高校生になれば下宿

 体育館に、空気を切るシャトルの音が響く。葛川中バトミントン部は二年連続ダブルスで全国大会出場を果たした。久多の奥出長一郎君(一二)と足立孝紀君(一二)の一年生コンビ、二年の岡田真祐さん(一三)が先輩や先生からノック練習を受けている。
 高校生になったらみんな久多を出て行く。足立君は京都市街地で下宿して一人暮らしの予定だ。「淋しいけど楽しみ。バトミントンが強い高校へ行きたい」。午後六時。「急げ、バスが待ってるぞ」という先生の声を背に、「さよならっ」と駆けて行った。

【2007年9月9日掲載】