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新名神に穴太積み

歩道沿い石垣採用 コンクリ強度 上回る
新名神高速道路の下に築かれた穴太積み(甲賀市甲南町)
 二十三日に部分開通する新名神高速道路の建設に伴い、甲賀市甲南町と水口町の区間脇に付け替えられた東海自然歩道沿いの壁に、大津市坂本に伝わる「穴太積み」が採用された。織田信長が築城した安土城など、全国の名城でみられる強固な石垣として知られるが、京都大学大学院などによる施工前の耐力実験で、コンクリートブロック壁の強度を上回るとの初のデータも得られた。伝統技術を継承する「穴太衆」として施工した職人は「先人の技術の高さが立証された」と感慨を深めている。
 新名神は県立自然公園内を通るため、西日本高速道路大津工事事務所が、自然環境との調和などを狙いに穴太積みに着目した。現在残る唯一の穴太衆として全国の城壁修復を手掛ける大津市坂本三丁目の粟田建設(粟田純司会長)が、工事で出た花こう岩を再利用し、二〇〇四年三月、高さ三・五メートル、長さ二百六十メートルの石垣が完成した。
 穴太積みは自然石を積み上げ、石垣奥に小さな「栗石」を大量に入れて強度と排水性を高めるのが特徴。目地に詰め物をしない空積みという高速道路工事では珍しい工法になり、安全性を立証するため耐力実験が必要になった。
 現場に高さ三・五メートル、幅八メートルの石積みとコンクリートブロック壁を造り、上部と背後から装置で圧力をかけた。ブロック壁は二百トンの圧力で亀裂が入ったが、穴太積みは十数センチのせり出しがあった程度。二百三十トンでブロック壁は壊れそうになり実験を中止したが、穴太積みは二百五十トンの圧力でも持ちこたえ、十分な強度や耐震性があることが裏付けられた。
 東海自然歩道は信楽インターチェンジに近く、重厚な穴太積みはハイカーらの目を引きそう。穴太衆十四代目の粟田純司会長(67)は「耐力実験は初めてだったが『石の声を聴き、石の行きたがるところへやれ』との言い伝えを守った石積みには自信があった。今後は城の修復だけでなく、実験データを基に近代的な建造物にも仕事を広げたい」と話している。

予想以上の強固さ

 耐力実験をした京都大大学院・大西有三教授(都市環境工学)の話 伝承通りの穴太積みには、国の基準を十分満たす耐荷力があると判明した。予想以上の強固さで、先人の知恵に感嘆した。景観面でも優れており、自然に配慮したさまざまな建築物への活用が期待できる。
【2008年2月3日掲載】
≪穴太衆≫
 古墳時代(三世紀末−七世紀)に大陸から渡来し、比叡山麓(さんろく)の大津市穴太あたりを本拠とした石工集団がルーツとされる。比叡山の石垣構築や修理を担い、戦国時代、全国各地の城郭の石垣づくりで名をはせた。諸説あるが、西日本を中心に現存する全国の城のおよそ八割を手掛けたという。