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阪神大震災19年  「記憶」をどうつなぐか

 阪神大震災で父を亡くした神戸市東灘区の上西勇さん(86)は、震災をきっかけに全国にある自然災害の慰霊碑を巡り、本にまとめる活動をしている。
 被災体験の風化が指摘される中、次世代に「過去の自然災害の脅威を伝えたい」との思いからだ。これまでに回ったのは阪神大震災のほか、東日本大震災や伊勢湾台風の慰霊碑など計千カ所近くになる。
 6434人の命を奪った阪神大震災から19年。今や神戸市民の約4割は震災後の生まれか、転入者だ。慰霊碑などの震災モニュメントも280以上あるといわれるが、地元でも存在を知らない人が増えているという。
 整備された街には、当時の記憶を伝える遺構もほとんどない。わずかに、被災当時のまま保存された神戸市のメリケン波止場の岸壁や、淡路島の北淡震災記念公園にある野島断層の活動跡などが記憶を呼び起こす程度だ。
 次世代のためにこうした「震災遺構」をどう残すかが、東日本大震災の被災地でも問われている。とはいえ「悲しみを思い出したくない」という遺族や住民の感情もあり、保存は簡単ではない。実際、津波の記憶を伝える多くの遺構が既に失われた。
 ただ、国が保存費用の一部を負担する方針を示したのを受け、震災遺構を積極的に残す動きも出てきている。阪神大震災の経験も踏まえ、100年後の子どもたちのために何をどんな形で残すか。時間をかけて結論を出してほしい。
 阪神大震災の記録を集めて公開するアーカイブも、さまざまな機関が進めてきた。震災直後からチラシや文集など散逸しがちな資料を中心に5万点以上を収集してきた神戸大付属図書館の震災文庫では、写真資料などをインターネット上で公開している。南海トラフ巨大地震で想定される被害に備えるためにも、これら都市型災害の記録を生かしたい。京都や滋賀にとっても価値は大きいはずだ。
 そんな中、街角でスマートフォンやタブレット端末を特定の場所に向けると、震災当時の写真が表示される「震災写真アーカイブマップ」を神戸市が始めた。こうした最新技術の活用も記憶の継承に有効だろう。多様な試みが各地に広がることを期待したい。
 被災の記憶が薄れる一方で、兵庫県内の災害復興公営住宅では昨年1年間で46人が孤独死し、震災の影響は今も続く。借り上げ復興住宅については返還期限が迫る問題もある。震災の過去、現在、未来をどうつなぎ、教訓をどうくみあげるか。「災害文化」のはぐくみ方を考える日にしたい。

[京都新聞 2014年01月17日掲載]

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