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タイの新憲法案  民政移行は名ばかりか

 真の民政復帰への一歩となるか、残念ながら疑問である。
 軍政下のタイで、民政移行に向けた新憲法草案が国民投票の賛成多数で承認されたが、中身をみれば軍政の延長に道を開くものだ。
 政情の安定を多くのタイ国民が望んだとも言えようが、一方でタイの民主主義の回復が遠のくことを大いに危惧する。
 2014年の軍事クーデターで暫定政権に就いたプラユット首相は、来年中の総選挙を約束した。本来なら民政に戻ることを喜びたいが、実際はどうなるか。
 憲法草案は、民政復帰から5年間を「移行期間」として上院の公選制を廃止し、事実上は軍が上院議員を任命する制度に変更した。下院でも単独過半数の政党が出にくい仕組みに変えている。
 草案とは別に、首相の選出に上院も参加し、議員以外でも首相になれるように改めてもいる。軍の意向で軍出身者が首相に就任することが可能になったわけだ。
 これまで、地方の農村や貧困層の支持を得たタクシン派と、都市部の中間層・エリート層を基盤とする反タクシン派が対立を繰り返してきた。憲法草案は、選挙に強いタクシン派の封じ込めを狙っていると言われている。
 両派の衝突で首都バンコクの中心街が占拠され、観光や経済に大打撃を与えてきたことに、嫌気をさす国民は少なくない。国民投票で賛成した中に「政争にはうんざり」との思いも多くあろう。
 ただ、言論統制下での国民投票であったことを考える必要がある。暫定政権は草案に関し「わい曲した情報」を広めた者を罰する法律をつくり、投票前の3カ月間で100人以上を拘束した。
 国際人権団体は強く批判し、表現の自由を担当する国連の特別報告者は、拘束者の訴追取り下げを促している。言論が抑圧された中で、憲法草案の正確な内容や問題点が国民に共有され、正しく理解されたのか、そもそも疑問だ。
 軍政をある程度認めて安定を得たとしても、自由に政権批判できない圧政を甘受していいのか。国民の苦渋を察する。
 政争の背後にあるのは、貧富の格差や政治腐敗であり、国民の批判の声を軍政が力で押さえつけても何の解決にもならない。かえって不満は潜在化し、社会を不安定にするだけだ。
 日本はタイと親密な関係にある。経済だけに目を向けず、真の民政移行が進むよう国際社会とともに働きかけたい。

[京都新聞 2016年08月11日掲載]

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