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阪神大震災23年  経験をどう受け継ぐか

 6400人以上が亡くなった阪神大震災からきょうで23年。神戸市中央区で開催される「1・17のつどい」では、竹灯籠を並べて「伝」の漢字が描かれる。被災経験を伝え続け、風化を防ぎたいとの思いがこめられた一文字だ。
 都市型災害の阪神大震災から学ぶものは多い。南海トラフ巨大地震や首都直下型地震による甚大な被害が予想される中ではなおさらだ。だが、震災の教訓は必ずしも十分に生かされてきたわけではない。
 災害発生時に24時間体制で傷病者を受け入れる災害拠点病院は、阪神大震災を機に整備が進んだものだ。都道府県が指定し、国は病棟の被災やライフラインの途絶で多くの病院が機能を失った東日本大震災の経験を教訓に、医療活動を続けるためのマニュアル作りを促している。
 ところが共同通信が昨年、全国の災害拠点病院を対象に実施した調査では、マニュアルを整備済みの施設が5割に満たなかった。これでは災害時の中核病院としての役割を果たせるか、心もとない。マニュアル策定だけでなく、訓練などを通じて検証や改善を不断に進めていく必要がある。
 都市部での災害時に、住民の一時避難先や仮設住宅の設置場所として提供してもらう「防災協力農地」の制度も普及が進まない。
 阪神大震災後、各地の自治体で農地の登録を募る仕組み作りが始まったが、東京、大阪、名古屋の三大都市圏の236自治体を対象にした農林水産省の調査では、2016年3月末時点で同様の制度を設ける自治体は7都府県の61市区にとどまった。滋賀はなく、京都も城陽、向日両市だけだ。
 加えて、災害時に役立つ公衆電話が減り続けているのも気がかりだ。回線混雑による通信規制を受けず、通話が無料にもなる貴重な通信手段だが、阪神大震災当時、全国に約80万台あった設置数は、携帯電話の普及に伴い5分の1に減っている。通信の保険として適切に確保していく必要がある。
 ボランティアの被災者支援は定着し、自治体間の応援態勢も整いつつあるなど阪神大震災後に蓄積された遺産は大きい。だが足りない部分を直視してこそ、防災、減災の力は高まるはずだ。
 兵庫県内の災害復興住宅での孤独死は昨年64人に上り、借り上げ復興住宅の入居者が20年の返還期間を迎えて退去を迫られるなど震災の影響は今も続く。23年の貴重な経験をどう受け継ぐかが、京滋に住む私たちにも問われている。

[京都新聞 2018年01月17日掲載]

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