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憲法記念日に  政権の独走戒めるのは誰か

 官僚が国会答弁で政治的な発言をするのは異例のことだ。それが「憲法の番人」ともいわれる内閣法制局長官とあれば、驚きは大きい。
 今年3月、野党会派の議員から、行政を監視する国会議員の役割について問われた横畠裕介長官は、「(委員会で)声を荒らげて発言することまで含むとは考えていない」と言い放った。
 横畠氏は発言を撤回したが、国会議員を揶揄(やゆ)するかのような発言には、野党だけでなく与党からも「思い上がりだ」と批判が出た。
 内閣法制局は、各省庁が法案をつくる際に、既存の法律や憲法との整合性などを厳密に審査する専門家の集団だ。かつて長官を務めた阪田雅裕さんは「法治国家の名に恥じない施政を内閣が遂行することを担保する支え役をやってきた」とその役割を自負している。
 内閣の1機関であり長官は首相が任命するが、憲法に関する法制局長官の答弁は、政府の憲法解釈として与野党を超えて理解され、定着してきたといえる。
 横畠氏の発言は、その権威と誇りを自ら傷つけたようなものだ。

 法治でなく「人治」に
 横畠氏は2014年5月の就任時、集団的自衛権の行使について「不可能という前提には立っていない」と明言、「保持するが行使できない」としてきた従来の憲法解釈を見直す余地をつくった。
 任命した安倍晋三首相の意向をふまえたのだろうか。
 集団的自衛権に関する憲法解釈の変更は、法制局が長年積み上げてきた議論を覆すものだった。しかも、解釈変更に関する内部検討の経緯を記した議事録などは公文書として残していないという。
 法の「番人」が、政権の追認機関になったかのようにみえる。
 「1強」の安倍政権では、官僚が本来の守備範囲を逸脱した行動に走る事例が少なくない。森友疑惑に絡む財務官僚の決裁済み公文書改ざんなどはその代表例だ。
 政権の行き過ぎを行政内部からチェックする機能が働かなくなっている。阪田さんは集団的自衛権の解釈を巡る動きを「『法治』ではなく『人治』への道を開く一里塚になる」と著書に記した。
 異論が出なくなった中、安倍氏は憲法改正への意欲を示す発言を繰り返している。だが、その主張は地に足が着いたものではない。

 変えることが目的化
 安倍氏の改憲論は空回りが目立っている。6年前、改憲の手続きを定めた96条の要件緩和を訴えたが、世論の反発で封印した。
 2年前には自衛隊違憲論を排除しようと、9条を残しつつ自衛隊を明記する改正案を主張したが、「すでに合憲の存在と認知されている」などと、連立を組む公明党からも疑問を示された。
 今年1月に持ち出したのは自衛官募集だ。多くの自治体が募集業務に非協力的だとして、この状況に終止符を打つため9条に自衛隊を明記するのだと言い出した。
 改憲の論拠があやふやになっている。憲法を変えること自体が目的だと、あからさまに示しているようなものではないか。
 安倍氏は「わが国は法治国家である」と口癖のように言うが、国の最高法規を軽んじるような態度は、法を守り、法に従う、責任ある政治家の姿勢とは言い難い。
 疑問なのは、こうした安倍氏の「独走」を戒める声が自民党内からあまり聞こえてこないことだ。
 同党は昨年3月、安倍氏の指示で9条のほか緊急事態条項や参院の合区解消などを含む4項目の改憲案をまとめている。
 しかし、9条以外の3項目は既存の法律で対応できるとする指摘が当初から存在する。

 自由に語れぬ空気も
 党内には法律に詳しい人材も少なくないはずだ。改憲が党是というなら、安倍氏の指示内容の是非も含めた具体的な議論を国民の前に示すのが筋ではないか。
 国民の負託を受けた国会議員でさえ口を閉ざす現状は、政権党も「人治」に支配されている現状を浮き彫りにしている。
 改憲を巡る一方的な考え方が、政治や行政の現場を覆うようになれば、社会にも憲法を自由に論じられない空気が漂うようになる。
 昨年12月、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」と詠み、秀句に選ばれたが「公平性、中立性を害する」として公民館だよりへの掲載を拒否されたさいたま市の女性が起こしていた裁判で、市に賠償を命じる判決が確定した。
 憲法上保障された表現の自由という点では当然の判決だ。
 一方、憲法を語ること自体が中立性を損なうととらえた市の対応は、世間の雰囲気への過剰反応ではないか。
 政権が醸し出す空気が、自治体を思考停止に陥らせた。
 共同通信のここ数年の世論調査では、憲法改正を必要と考える人が過半数だが、安倍内閣の下での改憲には半数以上が反対している。安倍氏の改憲姿勢の危うさを国民の多くが懸念している。
 「1強」に気兼ねして自ら口を閉ざしたり議論を封じたりすることは「法治」を揺るがす。そのことを改めて心に留めておきたい。

[京都新聞 2019年05月03日掲載]

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