Kyoto Shimbun 1998.9.5
悪を描かず テレビ時代劇衰退
 制作側に問題
 映画監督 太田昭和監督

 京都大から大映京都に入った映画監督の太田昭和(しょうわ)さん=京都市山科区=は、テレビの「木枯し紋次郎」「座頭市物語」なども演出した。

 当節の時代劇を「衰退して当然」という。(1)華ある役者が年をとり、あとを継ぐ者がいない(2)悪の描きに魅力が乏しく、憎々しい斬られ役も不在(3)脚本の類型化(4)優秀な技術者がいた撮影所システムの崩壊とスタッフの老化―をあげる。

 ドラマ作りで物語のヤマを設定する場合、二つ目のヤマまでは「きっとこうなる」と視聴者(観客)の思う通りに運んでいって安心を与える。「三つ目は観客の逆を行ってひっくり返す。そうなれば四つ目のヤマにもついてきてくれます」。若い層を惹きつけるにはとりわけ、だ。「ひっくり返しをしなくても通用するのは、偉大なるマンネリの水戸黄門ぐらい」と。

 ドラマの成否は、脚本が三分の二を領する。「人間を描かずして事件のくり返しだけのシナリオを認めるのは、プロデューサーの能力を含めて制作サイドの姿勢の問題」なのだ。

 「悪」が悪として魅力たり得るのは「斬ったら血が出る悪、悪なりに生き生きとしている人間らしい悪なのです」。紋次郎と必殺には魅惑の悪が共通していた、という。そのうえで「紋次郎は漂泊の主人公の魅力。必殺は善人へのいじめ方が徹底していたから、主水らのラストの仇討ちに爽快感があった」と話している。