Kyoto Shimbun 1999.10.8


京都宝塚劇場
(京都市中京区)

米軍が接収の歴史も

 今から50年以上も昔の話になるが、「京都の映画80年の歩み」(京都新聞社発行)によると京都宝塚劇場が太平洋戦争の終戦後、アメリカ軍専用の映画館になっていた。

 同劇場の建物は、当時収容人員2500人の京都で最も豪華な映画劇場だった。1945(昭和20)年8月15日の玉音放送のあと、京都に実際にアメリカ軍が進駐してきたには同年9月25日だったという。

 都ホテル、西京極グラウンドなどとともに同劇場も接収され「ニュー・キョウト・ステートサイド・シアター」という名の占領軍専用劇場になった。

 コメディー映画で有名なダニー・ケイをはじめ、多くのタレントのほか一流バンドがやって来て大変なにぎわいだったという。また祇園の舞妓さんの踊りや歌舞伎の舞台の注文があったりして劇場側が苦労した話が残っている。


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