いったいどれだけの人が知っているのだろう。この町に住民がいることを。
 まぶしく光るネオン、若者たちの笑い声、週末の木屋町。賑やかなこの町に、ひっそりとたたずむ建物がある。旧立誠小学校。
 十年前、都心の過疎化などから、他校との合併により、廃校となった。今では、住民の手によって、様々なイベントが行われている。春に催される「桜まつり」、夏の終わりを惜しむ「夏まつり」や、住民の憩いの場でもある「子育てサロン」など。地域のコミュニティの場として、利用されている。
 中京区立誠学区自治連合会の山本訓三会長は「木屋町は、歴史の町でもある。観光客にも来て欲しいし、住民が安心して暮らせるようにしたい」という願いから、高瀬川の清掃や、月に一度行われている「木屋町パトロール」を、意欲的に行っている。
 「欧風料理・満亭」二代目店主大関寛二さんは、この町で産まれ育った。「昔は真っ暗でね、河原町六角に進駐軍の遊び場があったぐらいでしたよ」。懐かしそうに微笑む。今では想像もつかないような木屋町の昔を教えてくれる。
 1960年頃から、賑やかになり始め、1993年の立誠小学校の廃校を機に、風俗店が増えだした木屋町。町の様子は変わっても、そこで生活する住民の営みは、続いていく。そして、木屋町を、よりよい町にしたいという、住民の願いもまた続いていくだろう。