THE KYOTO SHIMBUN
▲HOME▲ ▲INDEX▲ ▲女性編▲ ▲男性編▲ ▲開拓編▲ ▲若者編▲


佐藤美江さん
クンパルシータ(京都市中京区西木屋町通四条上ル)
佐藤美江さん

 「クンパルシータ」と書かれた扉を押すと、店内にはタンゴが流れていた。木造の重厚でモダンな内装。赤いビロードを張ったいすに客が腰掛け、たばこの煙をくゆらしていている。入り口近くに設けられたカウンターに、ママ歴56年を数える佐藤美江さんが立っていた。

 少女時代からタンゴが好きだった。ラジオから流れてくる「哀愁の帯びたリズム」が心をとらえて離さなかった。「喫茶店をしてみたい」。1946(昭和21)年、京都の繁華街である西木屋町に母の故すえさんとタンゴ喫茶を開店した。終戦直後、復興の兆しは見えず、闇市が開かれている時代だった。「当時は焙煎した豆がなく、コーヒー豆は生のままでした。母がミキサーでいってました」。京に今も残る純喫茶のなかで歴史は古い。

 店の名前は一番大好きなタンゴ「ラ・クンパルシータ」から取った。「ほんまは名前が長いので、考えたんですけど、やっぱりこの名前が一番好きでした。それやったら『ラ』だけ取ろうと思いました」。物のない時代。生きていくのに必死だった人々。そんななか、クンパルシータにはゆったりとした時間が流れていた。生活を楽しむという貴重な時間を味合うため、学生らが多く訪れた。

店内にタンゴが流れる。「聞きほれますね」と佐藤さん。

 レコードは当初、SPだった。「LPなんかない時代でいますでしょ。SPは片身1曲で、3分前後で元に戻るので大変でした。落としたら割れてしまいますし。1曲かかったら詰まるので、世話をみなあかんのでせわしなかったです。それを見ていたお客さんが『1回スイッチを入れたら10曲かかるアドミラルというアメリカ製のプレイヤーがあるよ』と教えてくれはったんです」。時代とともにLP、テープへと変ったが、タンゴを中心に、シャンソン、映画音楽などをの音色が店内に響いた。

 佐藤さんは大事にレコードを買い集めた。藤沢嵐子、アルフレッド・ハウゼ…。「タンゴが好きといっても、ママさんが社交ダンスの一つも踊れないのはおかしいので、レッスン場にも通 ったんです」。タンゴ、ワルツ、クイック、スローステップをマスターした。高度成長期のころ。京都市内にもダンス場があり、踊りつかれた人たちがクンパルシータによって、疲れを癒した。佐藤さんはタンゴのコンサートがあれば聴きにも行った。回を重ねるにつれ藤沢とも親しくなった。店には藤沢のサイン「タンゴとともに」が飾られている。

トランペットが飾られている。想いや時間が凝縮された感がある。

 サインの横に、古いトランペットがガラスケースのなかにしまってあった。「20年以上前でしょうか。若い男の子がよくお茶を飲みにきてくれてはったんです。トランペットのおけいこをされていたようでした。ある日、家庭の事情で京都にいられなくなったそうで、『寄せてもらった記念に』と置いていかはったんです。それから、その人は来られてません」。「クンパルシータ」を舞台にしながら、佐藤さんはさまざまな人生の悲喜こもごもを見つめてきた。「人生って思うようにはならないもの。思うままに生きている人って、ほんとわずかな人じゃないでしょうか」。ぽつり話す。

家具も特注して作った。ノスタルジーな雰囲気が漂う。

 店内は1960(昭和35)年に改装して以来、変っていない。暖炉、木彫りのいす、花のレリーフを施した木の飾り。店の外を一歩出れば、風俗店がひしめき、一気に現実に戻されるのだが、ドア1枚でレトロな世界に浸れることができるのは何だか不思議な感じさえする。「大阪など、あちこちで曲名から店の名をつけたタンゴ喫茶がありました。でもだんだん減っていって。さみしいですね」と視線を遠くにやった。

 クンパルシータオリジナルのブレンドコーヒー、イギリスの老舗食料品店の紅茶、オランダ製のココアと、味にもこだわる。2年前、コーヒーの値段を450円から400円に下げた。「不況なので、ほかのお店は値段をあげられたんですけど、うちは下げてみたんです。でも味はおいしいのがいいので、変えてません。店を手伝ってくれる女の子が、驚いているですけど」と屈託なく笑う。「かつて若いころに来てくださったお客さんが、ふらっと来て下さって『いつまでも続けて』と言ってくださるのがうれしいんです」。

 


▲HOME▲ ▲INDEX▲ ▲女性編▲ ▲男性編▲ ▲開拓編▲ ▲若者編▲