Kyoto Shimbun 1998.7.8
 みちくさの景色・13 

 山田稔さんの「おとし穴」という短編小説のなかに、ポルノ映画のハシゴをする大学教授が出てくる。「そのときぼくはある特殊な・学問的関心から集中的にその種のフィルムを見てまわっていたのであった」が 、そこで偶然、日ごろは謹厳そうな大徳教授の姿を見かける。……ぼくは大徳教授の私生活の隠された一面をひょいと覗(のぞ)いたような、何か済まぬ感じにとらわれながら、さらに次の同類の映画館へ疲れた身をひきずって行った。ポルノ映画(三本立)のハシゴは誰だって疲れる。

 ところが、二番目の映画館でもまたぼくは大徳教授の姿を見かけたのである。映画のハシゴ、しかも題名、どぎつい看板など日中足をふみ入れるのが憚(はばか)られるたぐいのものなのだ。……

あてらの街の映画館(京都市伏見区東大手町)

写真・甲斐 扶佐義

 当方、いまだかつて学問的関心というものに縁のない生活を送っているから、従ってポルノ映画のハシゴの経験もない。経験はないが、疲れるという言葉の実感はわかるような気がする。そう、ポルノ映画館ではなぜか、今でもどこも三本立が普通である。この小説では、そんなことはどうでもいいのだが、その題名の実地検分に出かけた。

 どぎつい手書きの看板こそなくなって、こぢんまりとポスターに納まっているが、立ち止まって見上げるのもちょっと憚られる代物に変わりはない。たとえば、伏見会館で上映中の三本は…「人妻の味/絶品下半身」「未亡人下宿/熱いあえぎ」「痴漢電車/ミニスカートが濡れる」ああ、書き移すだけで疲れてしまいそう。

 名画の灯のともる日を夢みて

 パチンコ屋の二階にとんとんと上がった所が入り口で、上品なおばあさんが入場券の半券(三十枚ばかり)を重ねた状差しを指さして、「初日でこんなもんです。みんな、京都の町にお客さんをとられて、仕方ないですわ。なさけないけど、こんな映画で何とか息をつないでいるのです」

 この伏見会館も、かつては東映(後に新東宝)の封切り館で、大手町筋かいわいには他に松竹、日活、大映とそろって四軒の映画館があった。

 大の映画ファンで、伏見会館の向かいでバッグ・ショップを営む佐原明子さん(45)は「ゴジラのポスターを見たのが、こういってはなんですが、普通の映画の最後だったと思う」という。それも三十年くらい昔のこと。二十数年前には、日活ロマンポルノ「八月の濡れた砂」を、大胆にも一人で見にいったことがある、と笑う。

 「見ている間は暗闇(やみ)でわからなかったけど、場内に明かりがつくと周りはおっさんとおにいさんばかり…」 それ以降、近所では映画を見なくなったそうだ。

 佐原さんはいま、伏見に再び映画館の灯を、と商店街に働きかけて「あてらの街の映画館」建設をめざす。二月と三月には、伏見会館を借りて「Love Letter」や「さらばわが愛」などの上映会を成功させた。主催は商店街のおかみさんの会「あてらの会」だった。新しい映画館は、佐原さんによれば「土地は、商店街が共同で購入している日活の映画館跡をコミュニティーホールに、という構想がある。そこに映画館を併設すればいいんです」この人の話を聞いていると、そう遠くない日にも、伏見に映画館ができるような気がしてくる。

(編集委員 中村 勝)

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