Kyoto Shimbun 1998.8.4
 みちくさの景色・15 

 店の人とも、お客とも、お互いどこのだれか知らないというほどの意味あいで、「無名」の人同士が酔いを店にあずけて、しばしの時間と空間を共有する。何回か足を運ぶうちに、決まった時間、決まった席に決まった顔を見かけるようにもなり、その人たちの酔いかげん、切り上げどきの見事さをうかがい見るのも楽しみの一つになった。

京極・スタンド(京都市中京区新京極通四条上ル)

 店に入ると、右手に古風な大理石のカウンターがあって、その両側に顔をつきあわすように客が並ぶ。左手に丸いテーブルが三つ。ときには、新京極で買い物をした修学旅行生が入ってきて、昼食をとっていたりする。カレーライスやオムレツ、シュウマイ、ラーメン、トンカツ定食、焼き魚定食…なんでもあるのだ。

 「無名」同士の語らいの時間

写真・甲斐 扶佐義

 二年前、新京極商店街振興組合が創立二十周年を記念してつくった冊子「はたち」のなかに、こんな話が載っていた。「飲食店Sで見かけたホントの話」という組合員の寄稿である。確かめたわけではないが、Sは「スタンド」で間違いはないだろう。

 五十歳ぐらいの男性客。いちばん奥のテーブルに座ると、メモを片手に注文を取りにきた女性店員に「枝豆とご飯」。一瞬「?」という顔の店員、一呼吸おいて気を取り直したように奥の調理場に向かって「枝豆とご飯!」と、元気よくオーダーを通した。約二分して「お待ちどうさんです」と、皿に盛った枝豆と茶わん山盛りのご飯が男の前に置かれ、見るともなく見ていると、男は枝豆の皮をむいて、それをご飯の上にのせて食べ始めた。そうか、男は豆ご飯が食べたかったのだ!

 そういう場面に出くわしたことはないが、それが突出して不自然でないような雰囲気がこの店にはある。常連の人たちと、店の女性たちの打ち解けた話しぶりが、ここでは他の客を隔てるのではなく全体の空気をやわらげる方にはたらいている。

 いつもそろばんを手に、レジ係を務めている小柄で品のいいおばさんがいる。酔いに手伝ってもらって聞いた話では、名前を田中さんといい、戦後まもなくからここで働いている。店にかかっている絵を見上げて、田中善之助の「舞妓」と、石井弥一郎の「シャモ」と教えてくれた。

 東京の浅草から出てきた先代が昭和の初めに開いた店だそうで、そういえば、戦前の学生がよく行ったという「正宗ホール」も東京の人の経営で、この近くにあったはずである。そこで、天野忠さんは「リアル」の友人の中田宗男から、伊藤静雄を紹介してもらったのだった。

 八年ほど前に、創業六十周年の記念パーティーを盛大にやったという「スタンド」の人脈をたどれば、あるいは、そのころの飲み屋さんの話も聞けるかも知れないのだが、またまた切り上げどきを失ってしまったら、この店のルールに反してしまいそうだ。

(編集委員 中村 勝)

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