滋賀 湖南・湖東




追手逃れた小屋・信仰心脈々

 大谷本願寺が比叡山僧徒の襲撃を受け破壊されたため、蓮如は親鸞の真影を背負い湖国へ避難。門徒衆の多い湖南、湖東の道場を転々としながら布教に励む。


3. 金森御坊(善立寺)

 道西から20代目、御坊跡に建つ善立寺の
住職、川那辺恵さん

 「蓮如上人はここで最初の御文(おふみ)を書き、『正信偈大意』を著された。これが道西に宛(あ)てた病気見舞いの手紙、六字名号(南無阿弥陀仏)。寛正元年に、ここで報恩講を勤められた。一時的に、ここへ本願寺本山が移ったといえます」




4. 聞 光 寺

 住職の石原教昭さん

 「蓮如さんご自身が作られた庭には『お腰かけ石』、ご往生された時に泣き通したという『汗石』があります。比叡山の追手から身を隠された『もみがら小屋』も少し離れた所に石で囲ってあります」




5. 赤野井別院(大谷派)

 輪番の谷直光さん

 「蓮如さんが逃れて来られてから門徒衆が急激に増えた。その信仰心がいまも脈々と続いてます。春のご遠忌には本山への参けい団が途中、バスで立ち寄る。蓮如さんと赤野井の説明案内を三十分ほどするつもりです。本堂縁側の修復工事も間に合ってよかった」


6. 赤野井別院(本願寺派)

 輪番の戸崎昭信さん

 「ご門徒の寄進で本堂の屋根のふき替えもすませた。団体参けい者のバスは、いまのままだと、二、三台しか入れないので、駐車場を三月までに整備しなくてはなりません」



7. 正 崇 寺

 住職の佐々木昭霜さん

 「比叡山衆徒の来襲を避け、蓮如さんはここにも一時、移られた。すでに真宗寺院として存在し、多くの門徒がいて、手厚く迎え入れたと思われます。二尊の連座御影、ご隠せい絵伝なども伝わっています」


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