サッカー、空手の少年時代

 渡米4年、バンドで音楽活動


 塚本 浩哉さん(ミュージシャン・アメリカ)


 音楽を学ぶため奨学金を得て渡米し、4年。バークリー音楽大の同級生でアルゼンチン、コロンビア、韓国出身者らと結成したバンド「インテロセアニコ」でリーダーとして活動しています。ギターと作曲担当です。

 バンド名はスペイン語で「海と海をつなぐ」という意味。ジャズ、サンバなど多様なジャンルがつながり、溶けあった音楽を目指しています。

 東輝中に通っていた時、夏休みにメキシコでホームステイしました。母が亀岡でスペイン語を習っていたグランディー・ホリタさんがメキシコに帰国していたからです。

 同年代の息子さんからギターの弾き方を教えられました。ボン・ジョビやビートルズなどの曲が中心で、熱帯雨林の中にある従兄弟の家にも招かれ、その後の音楽活動の原点になったんです。

アメリカ・ケンブリッジ市で開いたバンド「interoceanico」のコンサート。左が塚本さん(2004年4月20日)
 南つつじケ丘の宅地開発が進む時期、西つつじケ丘で育ちました。モトクロス用自転車にヘルメットで、つつじケ丘小の同級生上口将輝君らと寒谷で競争し、サッカーや空手も熱中しました。上口君、吉田有宏君とは高校時代にバンドでギターを弾いた仲間です。

 亀岡サッカースポーツ少年団の練習会場は京都学園大などで、大学生にも教えてもらいました。強豪の山城高に進学。1学年上にJリーグでも活躍した石塚啓次さんが在籍していました。練習は相当厳しく、残念ながら2年で退部しました。

 空手は、極真会館と正道会館の流れをくむ前田比良聖先生の道場に通いました。強さを競うだけの武道と一線を画した「人を傷つけず、人に傷つけられもせず」という教えに影響を受けました。

 大阪外国語大スペイン語科で南米の音楽を研究、渡米前後は米国で流行の音楽に追い付こうと必死でした。でも、米国の歴史は200年余りです。

 ふるさと口丹波について「京都市に隣接していながら独自の文化と長い歴史を持ち、美しい風景がある」と説明するうち、亀岡や日本に誇りが持て、自信をもってオリジナル音楽を目指そうと思えるようになりました。

 演奏中に亀岡の山やつつじケ丘の街並みが浮かぶと心が落ち着き、自然体でギターを弾くことができます。

 バンドのメンバーは、たいへん日本に興味を持っています。このバンドで帰国し、ステージに立ちたいと強く願っています。(2004.5.16 掲載)

 つかもと・ひろや  1975年生まれ。つつじケ丘小、東輝中を経て山城高、大阪外国語大卒。米国・バークリー音楽大卒。デビューアルバム「The Other Side of the World」を3月発売。ボストン市在住。http://www.hiroyatsukamoto.com/

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