亀小、亀中でサッカーに熱中

   3年連続、箱根駅伝を快走

難波祐樹 さん (順天堂大駅伝主将・千葉県)


 子どもにとって良い指導者の条件は、熱意があることと、えこひいきをしないことです。ラフな格好をしないこと、誰よりも最初にグラウンドに来ることも大事です。

 大学で現在、指導法を勉強しています。もちろん年代によって異なることもありますが、まずは「スポーツは楽しい」ということを伝えることが大切でしょう。講義を受けながら、サッカーに熱中していた亀岡での日々を思い出しました。

 小さい時から体を動かすことが大好き。亀岡小3年で、ユベントスと同じく、黒と白のストライプのユニホームの「FC亀岡」に入りました。Jリーグ開始1年前です。今は順大陸上部で箱根駅伝のメンバーですが、もともと見るのもするのもサッカーが一番でした。

順大1年から3年連続箱根駅伝に出場した難波さん(2005年1月3日)
 ポジションは、チームの中で一番運動量を要求される左サイドバック。相手の攻撃をつぶす守備を担当しながら、スキをみては相手陣内まで駆け上がっていってチャンスをつくるのが、とても楽しかったんです。

 試合は月読グラウンドや南つつじケ丘小。チーム自体は強くはなかったけれど、サイドバックで走り回るうちに次第に体力がついていきました。時間のある時は、土曜に亀岡市のジュニア陸上教室にも行きました。

 亀岡中でもサッカー部。顧問の西田満先生(現蒲生野中)は熱心な指導が印象に残っています。部員のだれよりも早くグラウンドに来て、整備や水まきをしてくださいました。部員としてほんとうにうれしかったです。

 3年の予選で早々に敗退。神先宏彰先生(現府教委)から、駅伝メンバーに誘われました。それまでも1500メートルは、亀岡では誰にも負けなかったのですが、本格的な練習を始めました。

 当時は、詳徳中と東輝中の2強時代。朝練を含め一生懸命練習しましたが口丹大会で両校に勝てず、3位。その後、洛南高から誘いがあり、丸刈りにするのが納得できなかったのですが、中島道雄先生に「好きな陸上をやれるなら、ひとつぐらい犠牲にするものがあってもええやろ」と言われ、その場でお世話になると伝えました。

 伝統ある順大の看板を背負った主将として、次回の箱根駅伝優勝を目指して練習しています。ぼく自身も将来は指導者を目指していますが、今は一選手としてどうやって記録をもっと伸ばしていくかを考える毎日です。

 なんば・ゆうき  1983年生まれ。亀岡小、亀岡中卒。1500メートル京都府大会2位、近畿大会4位。全国都道府県対抗男子駅伝に出場、区間賞。洛南高では3年で高校駅伝出場。現在、順天堂大スポーツコーチング専攻。3年連続箱根駅伝出場、05年は5位。3年から陸上部駅伝主将。千葉県印旛村在住。


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